amber | ナノ


▼チェックアウト-03


 ようやく彼らが足を止めたのは雑木林の中にポツンとある錆びれた倉庫だった。
 響につけてあった発信機は確かに此処で止まっているし、この倉庫のある敷地内へと入る手前では立入禁止の看板やテープがあったにも関わらずXANXUSの目の前にある大きなその建物の中で複数の人の気配が蠢いている。

 ――当たりだ。
 所詮は残党。元はといえばそこまで規模が大きかったわけではないファミリーであった。がしかし若い女の臓器、もしくは本体ごとを売買するという非常に大胆且つ新鮮な臓器を提供するという裏世界においては魅力的なそれらはボンゴレが手を出すのが遅くなっていたのであれば瞬く間に規模は大きくなっていたことだろうし凶悪なファミリーのスポンサーがついていたことだろう。
 そのアンブラも前回の襲撃の時点で武器庫も壊してしまっている。ボスである人間が生きているのだけが何かと厄介だが、それ以下の大半のアンブラの人間はその武器庫に積んであった弾薬と共に弾け死んでいることも知っている。彼らには殆ど残っているものはないに違いない。となれば彼らの武器は、取引の材料となるものは響のみになる。

「俺は先に行くぜぇ」
「好きにしろ」

 戦闘狂がこの場に居た場合、事態は極端に有利になるか極端に不利になるかどちらかであったがスクアーロはその辺りはうまくやるだろう。何しろ今回はストレスを溜めていた筈だ、寧ろド派手にやり過ぎて一般人の目に止まることを恐れた方が良いかもしれない。
 そう考えるとこの場にマーモンが居ればもう少し楽に済んだような気もしないが今更遠いイタリアの地にいる彼に声をかけるようなものでもあるまい。間もなく、終わる。終える。この数日間の出来事が。彼女との、縁が。

 スクアーロの姿が倉庫の横の雑木林へと消えたことを確認するとXANXUSもまた倉庫へと歩み寄った。近くで待ち受けている気配を2つ感じ取る。大方扉を開けば誰かがこちらに銃口を構えているか、はたまた武器を振りかざしてくるつもりか。口元に微笑を湛え、XANXUSは懐から愛用の銃を取り出した。此処であれば邪魔する者も聞きつけてやってくる者もいないだろう。
 当然のことながらストレスを抱えているのはスクアーロだけではない。

「雑魚が」

 一言呟くと手にした二丁拳銃に力を込める。
 この身体で感じた怒り全てを込めてしまえば倉庫どころか近くに隠れているスクアーロや響まで死ぬことになるだろうが力の調整は問題ない。――力の装填、完了。

 カチリと引き金を引くと己の中で作り出された炎が銃を伝って放たれ一瞬の後、扉は弾け飛ぶ事もなくただその灼熱の炎に焼かれ丸い穴を開けた。じゅうじゅうという音で焼かれたそれの向こうで倒れていたのは先程感じた気配の人間で間違いないだろう。服が焼けているわけでもなく外傷も見当たらなかったが恐らくはXANXUSの放ったその力の圧で気を失っているに違いない。
 もはや扉という役割も果たすことのないその鉄屑を足で蹴れば抵抗もなくそれがバタンと大きな音をたてて倉庫の内側へと倒れ落ち建物内に轟音が響き渡る。どうやら倉庫の見た目とは違い内部は若干改装されてはいたらしい。

「……」

 先日壊したはずの本部と似通ったその内装に思わず眉根を寄せながら歩み寄る。
 人の気配は随分と少ないが、一番奥の場所では目的の人物が慌てることなくそこに立っていた。XANXUSが入り口の扉を蹴飛ばしたおかげで随分と日当たり良好になってはいたが奥までその日差しは差し込むことはなく辺りは仄暗い。
 しかしそこにいる女と、そしてその隣で倒れている響の姿はしっかりと見ることが出来た。

「ようこそ、いらっしゃいました」
「てめえが親玉か」

 その彼女の隣に立っていた女は見間違いなかった。
 やはりそうか、と大して驚く様子も見せなかったXANXUSに対し響の隣で上品に笑みを浮かべた件の宿屋の女将はほんの少し、首を斜めに傾けてみせる。どうして分かっていたのかと言いたげだったが敢えて語ってやる必要もあるまい。

 疑いの目は最初から持っていた。
 響と接触する前からそうだ。怯える表情を一切浮かべることなく自分達に対し接客していた様子を見てスクアーロは大した女だと若干関心もしていたがXANXUSはところどころでこっそりと鋭い眼光でもって部屋の中を観察する彼女の視線に気付いていた。
 もしかすると圧倒的な戦力差でのぶつかり合いを恐れメモリーデータの奪取だけを考えていたのかもしれない。

 アンブラのボスである女将は全く隙のない彼らを見て考えたに違いない。
 弱点がないのであれば、作れば良いのではないかと。そこで不運にも白羽の矢が立てられたのが響だったというわけだ。あの日彼女と出会ったことは確かに偶然ではあったが、そうでなければ他の事件を起こして彼女と自分達の間を取り持ち繋がりをもたせるという心算であっただろう。

『布団を変えていただきたいと一宮様から言われたのですがこちらのお部屋でお間違いないでしょうか?』

 そして、響が気を利かせ布団を持ってこさせたことで彼らとの繋がりは確固としたものだとし響を襲う振りをする。
 そのために一人の部下をXANXUSの銃の犠牲にさせたその大胆な作戦は見事なものだと敵のことながら見事であると称賛せずにはいられない。

 その後、すっかり怯えた一宮響をボンゴレである彼らは庇護するに違いないと踏み、それからXANXUS達の出方を見る。もしもXANXUSとスクアーロ、そして響という二手で分かれるようならばもう響には用無しだとしてそもそもの目的である彼女の身体を狙っただろう。しかし女将にとっては幸運にもXANXUSと彼女、スクアーロという組み合わせで分かれた為に計画はそのまま順調に続行し、彼女たちの後を追った。
 昨日XANXUS達の行く先行く先で待ち受けていたのは当然のことだ。何故ならばその場所全ては女将が手配した場所だから。女将が響に教えた場所であるから。

 そして彼女の化粧ポーチにアンブラの化粧品が放り込んだのも何も苦労はなかったであろう。宿屋の人間であるのであれば尚更で、これまでもアンブラの被害者となった人間はこの温泉街の、この宿を利用した人間であったからだ。
 それになかなか辿り着くのは苦労した。何しろ彼女達が拉致されるのは此処から帰っての事だったのだから。恐らくXANXUS達がやって来てから疑問を持たぬよう宿の宿泊リスト、データを消したのも女将の仕業だっただろう。
 随分と踊らされていたようだ、とスクアーロが苦く笑っていたのが先程の事である。

「てめえの魂胆はもう分かってんだ。諦めやがれ」
「…それは、どうでしょうね」

 女将はその余裕に満ちた表情を変えることはなかった。それが非常に腹立たしく、しかし何やら嫌な予感が過ぎる。
 静かに視線を下ろす女将は何か小さく声をかけたかと思うと小さく呻き声をあげて彼女の足元にいる響が薄く目を開く。
 ゆっくりと起き上がった彼女の目はどこか濁っていることに気付いた。まさかとXANXUSは女将を睨みつけ、対して彼女はそんな彼の反応を面白がっているように目を細めたままだった。

「人質です」

 ふらりと覚束ない様子で女将の隣に立った響は、纏っている雰囲気がまるで違っていた。
 上から下まで遠慮なく見、その違和感の1つに彼女の唇がやけに色付いている事に気づく。アンブラの拉致時によく使われるという洗脳用の薬を塗布されているに違いなかった。まさか取引材料にするだろう響に使われるとまで思っても見なかったがそれ程にこのXANXUSの手中にあるメモリーデータは必要不可欠のものらしい。

「メモリーデータをお渡しください」
「…それでこいつはどうなる」
「受け取ってから、中和剤の場所をお教えします。それで、如何でしょう?」

 確かにこのアンブラの領域である倉庫内であれば中和剤だって用意されているだろう。用心深い彼女のことだ、もしも万が一自分が服用してしまった時の為を考えて本人も持っているに違いない。
 しかし物を見せることなく言葉だけで彼女の言葉を信用することはできず、かと言ってこうなってしまえば時間の問題だ。
スクアーロが抽出したデータによれば塗布時間が長ければ長いほど元に戻る確率が低くなるとあらかじめ聞いている。が、慌ててしまえば元も子もないのはXANXUSだって重々承知していた。

「その女一人の為に俺が渡すと思うか?」
「そうですね。それでは私の合図であの旅館の食事に毒を入れる…というのはどうでしょう」

 なるほど、頭は回るようだった。
 それにこの近くには源泉だってあることをこの女は熟知しているだろう。食事どころか温泉の源になるその場所に何かを混ぜるのも彼女にとっては容易いし恐らくメモリーデータの為ならそれだって実行してしまうに違いなかった。
 たっぷり数秒、間を持たせてから懐に手を突っ込み黒い小さな物体を取り出すと女将の目がギラリと輝いたのが見えた。間違いなくこれこそがアンブラの、彼女の狙っているメモリーデータである。

「…取りに行きなさい」
「……はい」

 その仲介を命じられたのは響だった。
 女将の言葉に頷くと一歩、一歩とXANXUSへと近付いていく。このまま彼女を攫い、この場を離れるのは得策ではない。薬を使われているのであれば尚の事、中和剤を早く彼女に使用しなければ。時間が、ない。

 XANXUSの前で響は立ち止まる。半開きになった口は何も紡がれることはない。ただ静かに、濁った瞳でXANXUSを見上げて手を差し伸ばした。昨夜自分の為に酌をしたその手は、自分を受け入れようとしていたその細い腕は、少しだけ震えている。
 何を言っても無駄だとはわかっていた。彼女をこんな目に合わせてしまったのは間違いなく自分である。間もなく要請したボンゴレ本部の人間たちがこの建物内に集結するだろう。XANXUSはあくまでのこの場を切り抜けるためにではない、ただ時間を稼ぐためにここにいる。これが解決すれば、彼女とはスッパリと切れてしまう。もう彼女の前に現れることもないし、触れることもないだろう。縁など切れてしまえばいいと確かに思ったがこんなつもりではなかったという僅かながらの後悔がXANXUSに対して押し寄せていた。

「…」

 手を伸ばし、グイッと響の口元を拭う。
 彼女は一切抵抗する様子も見当たらなかった。大人びたその色はXANXUSの手指に付着し、やがて本来の薄ピンク色をした唇が見えたが彼女の様子が変わることはない。

「似合わねえモンつけやがって」
「…」
「無駄ですよ、それを拭ったところで洗脳は解けません」

 それだって女将は分かっていただろう。だからこそ何も反応しなかったに違いない。
 声高々に告げる女の声は煩わしい。

「お前とはここで別れだ」

 それは自分にも言い聞かせた言葉だった。もう二度と会わない。一般人の、面白い女。XANXUSのいる世界には不釣り合いな人間。「悪かったな」とそれは女将に聞こえないような声量で呟くと僅かに彼女はピクリと身体を震えた気がした。
 恐らくは気の所為だとは分かってもいたがどうしてだか今の言葉は”一宮響”に届いた気がした。女将の言うとおり彼女は今現在もなお洗脳中で、一般人の彼女がそんなものに抵抗できる訳がないと分かっているのにも関わらずに、だ。

 メモリーデータを受け取り、静かに踵を返す響の後ろ姿をXANXUSは静かに見守る。視線は響の背に、しかし恐らくは何処かで潜んでいるであろうスクアーロの気配を感じ取った。あらかじめ何も計画も立てていなかったが言わずとも理解る。
 チャンスは一度切り。
 何処かで女将の隙を作らなければならない。だが彼女は聡い。視線はXANXUSを見据えたまま、しかし銃の口は人質である響へ。勿論宿屋でスクアーロとも話をしていた彼女のことだ、何処かにいることなんて知っているだろう。
 このまま女将は響を人質に此処を去るのか、はたまたXANXUSとの交渉通り彼女と中和剤を置いていくのか。否、女将がどう思っているかなどどうでもいい。後はスクアーロがアンブラの、女将以外の人間を殺ってさえいればどうとでもなる。ただ彼女の処方を急ぐだけ。それだけだ。

 ――上手くやれよ、カス鮫。


 一歩、一歩。

 響の歩みが先程よりも少し遅いのが苛立ったのか女将の顔が僅かに歪む。早く来いとでも思っているのだろう。あと、数歩。

 ピタリ。
 女将の前で立ち止まりメモリーデータを持った手がゆるりと持ち上げられる。
 黒い物体を手にした彼女は微笑みを浮かべ勝利を確信し、そして、

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