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▼その女、不運につき-02


『…どうやら』

 XANXUSの抱いた疑念はすぐに取り払われることになった。
 後ろからいつのまにかスクアーロが入ってきている。あえてイタリア語で話しかけてきているのはその隣に響がいるからだろう。
 腰に手を添えられ支えられるように入ってきた響は先ほどよりは落ち着いた様子を見せていたものの、やはり荒らされた自室に衝撃を受けているらしい。あちこちに視線を移しているその隙に右手に持つ拳銃は速やかに懐へと仕舞う。

『奴の狙いはこの女じゃなかったみたいだぜぇ』
『どういうことだ』

 スクアーロは確かに仕事の出来る男だ。それは多少、認めざるを得ない。
 しかし性格に少し難がある、ということは付け足さなくてはならなかった。任務内容が難しければ難しいほど燃え上がり、そして他人の失敗や予想外のことには全力で楽しむという、…ヴァリアーの幹部に値する人間全員に割りと当てはまることだったが、やはり作戦隊長であるスクアーロは一番それが突出していた。
 楽しげに笑うスクアーロをはらはらと見る響。その視線はXANXUSを未だ見ることはなく、何故かそれが苛立った。

『先日、ここの旅館の宿泊者リストが盗まれたらしい』
『……』
『俺を睨むなよぉボスさん。つまり、だなぁ』

 変わらず楽しげに報告するスクアーロの、話の内容は。
 そう、確かここへ泊まる手配をかけた時、当然ながらXANXUSの隣はスクアーロの部屋だった。
それが大層不服だったXANXUSの命令により当日になって他の部屋へと移されたのはスクアーロの部屋の方で。つまり誰かが泊まるはずの違う部屋と、本来のスクアーロの部屋…この部屋が交換となったわけだ。確かこの上の階だったような気がする。
 まさか、さっきの男は。

『この女、ツイてねえなぁ。どうせ狙ってきたのは今回の任務で壊滅させたとこの残党共だろぉ』

 人身売買、それも十代から二十代の女を拉致しては薬漬けにして身体ごと、もしくは身体の一部をとんでもない額で世界各国の必要な御仁達に売り飛ばすという残虐な商法はボンゴレでなくともかねてから目に余っていたらしい。
 その本部、密輸ルートの元を辿ればこの温泉街の近くにあったというわけでとうとうヴァリアーに依頼が入り、そしてそれの解決には不愉快なことながら9代目自らXANXUSを選んだというわけだった。
 彼からすればついでに温泉でゆっくりしていけばいいという非常に分かり難い親心もあったのかもしれないがそんなものをXANXUSが気付くわけもなかったのだが。

 つまり、響を狙った先ほどの人間は盗んだ宿泊者リストを見てこの部屋がスクアーロの部屋だと信じ込み、荷物を漁り。
 熟睡していた響自身を狙わなかったのはスクアーロの姿が見えないことに逆に慎重になったのか、それとも報復に恐れをなしたのか…?そんな訳がねぇ、とそんな冗談じみた相手側のミスにXANXUSも眉間に皺を寄せる。けれど、なのにそうでなければ納得もできないこの事態は。
 しかし彼女を襲った不運はこれだけではない。

「ん? これ、私こんなの持ってたかな…」

 ようやくショックから立ち直ったらしい響が自身の荷物を広げ何か盗まれていないかどうかを確認し、そして彼女が持ち出したのは黒のケースに包まれた口紅だった。
 そういえば響は紅をさすような女ではなかったなと昨夜の姿を思い出す。

『…こいつマジで運悪くねぇかぁ』
「え、何か言いました?」

 響の頭をわしゃわしゃと撫で付けるとスクアーロは呆れた口調で口紅を響の手から奪い取り義手の方でパキリとその口紅を折る。
 あ、勿体無い!なんて素っ頓狂な声を出す響はさておきその中から出てきたものは紅の個体の内部にドロリとした赤い液体。そして、

『さしずめ発信機ってとこだろうなぁ』

 パキンッと音を鳴らしそれも粉砕する。何事かと響は不思議そうに小首をかしげているが説明をするつもりは毛頭なかった。

 先日壊滅させた彼のファミリーはアンブラという名を掲げている。
 彼らの常套手段は狙いを定めた女の候補複数人に一気にサンプルとして化粧品を送りそれにつけられた発信機で居場所を特定し拉致、もしくはそれに含まれた覚せい剤に似た成分で自在に操り何処かへと連れ去るという随分と変質的なものだった。
 なかなか彼らが見つからなかった理由としてはそもそも怪しまれてそんなものを受け取る女性が少なかったということと、受け取れば最後必ずそのコスメごと女を回収されていたからだった。
 それを荷物の中に混ぜられたということは。

『俺たちの仲間だと思われたか…ボスさんの女かと思われたか、ただ単にこいつを気に入ったか…どれだろうなぁ』

 くつくつと喉を鳴らすその様子が非常に腹立たしいがXANXUSでも分かることはある。

 ここで犯してしまったミスは二つ。
 恐らくこのままXANXUSが出てこなければ彼女はきっと多少の怖い思いはしたままだったであろうが最終的に今のように見覚えのない口紅なんて捨て、気付かぬ間にこの事件から切り抜けていたということ。
 そして、確実にスクアーロやXANXUSの荷物のないこの部屋でXANXUSが姿を見せたまま例の相手を逃してしまったことだ。
 これではXANXUSと響に関係があるものだと知らしめたと同義で。そして彼やスクアーロに敵わないなんて分かりきった彼らが弱い者や弱点に成り得そうな人間を狙っていくなんて当然のことで。
 アンブラが狙っているのはスクアーロが例のファミリーより奪取したメモリーデータだろう。恐らくここに大量の顧客リストが入っているはずで、これを早く持ち帰りさっさと渡して任務を終えたいというところだったというのに。

「あの、…私、何かしてしまいましたか?」

 困惑気味に上目遣いでXANXUSを見上げる響はどちらかというとやはり小動物に近かった。
 この女は全く悪意も悪気もない。ただ、残念なことに部屋をスクアーロが泊まるはずだったこの部屋へ―ほぼXANXUSの我侭だったが彼女は当然ながら知る由はない―移動させられ、アンブラに目をつけられた不運な女であることに変わりはない。
 スクアーロの響の腰へと伸びていた手を振り払い響を抱きとめると柑橘系の香りがふわりと鼻腔を擽った。

「…カス鮫」
「ああ。後は俺がやる」
「こいつはどうする」
「俺が見てやってもいいが…ボスさんが代わりに9代目に連絡を密に取ってくれるんならなぁ」

 ピキリ、とそんな音がした気がした。
 ただでさえ思い通りにならない事態が続いている上でさらに連絡を取れだのとよく言ってくれる。
 一般人である響が目の前にいるからこそこう大きな気でいられているのいうのであれば一度痛い目を合わせておいたほうがいいかもしれない、と考えたのと己の手に力が集まり輝くのが同時だった。
 
「お気遣いありがとうございます」

 XANXUSの腕の中で大人しくしていた響の、凛とした声に静かにその力は自然と弱まった。

「私が盗難にあったばかりに仲間同士で喧嘩、しないでくださいね。本当、ごめんなさい」
 
 事件の肝心なところが日本語ではなかった所為でどうにも勘違いしているのだと把握した。だが今更それを訂正するのも煩わしい。
 「明日には帰りますし大丈夫です」なんて何の自信も根拠もないくせにこの女はどうも堂々と話す。怯えた様子なんてあの時とは違い一切見られないし身体が震えているようにも見えないが強がってはいるのだけは十分に分かった。
 恐らくこの事件と自分達が何も関係のないと信じているからこそ平静を装い関わらせるまいとしているに違いない。この女は不運であるがそれ以上に聡く、しかしその様子こそがXANXUSは気にも入っていた。
 気が変わった。
 面倒な事はこの男に任せればいい。

「いくぞ」
「え」
「温泉に…後はどこの土産と飯だ」
「え、あの」

 突然のことに戸惑いを隠せない様子だったが昨夜響自身がXANXUSに言っていた内容だということを思い出したのか、はたまたXANXUSがそれに付き合うつもりなのだとすぐに把握したのか「良いんですか」なんて少しだけ声を弾ませて腕の中から見上げてきた。やはり一人では少し心細かったのかもしれない、と思うと少しだけほくそ笑み唯一の条件を提示する。

「最後は酒で付き合え、響」

 不安げな表情は引っ込み、響はそこでようやく笑みを浮かべ頷いた。

「あ、じゃあ地図、持ってきます!すぐに用意しますから」

 とたとたと心なしか先ほどよりも浮き足立った響の後姿を見ながらスクアーロに対しギロリと一瞥をすると彼女をつれて行くためにXANXUSも「さっさとしろ」と促した後に部屋を静かに出る。

「……これは、なかなか」

 その一連の流れをしっかりじっくりと観察していたスクアーロが報告の連絡と共に9代目に対し「面白いモノが見れた」と楽しげに報告していたことなんてXANXUSが知るはずもなかった。

 もっとも、それが分かった時点で恐らく彼の命に保障はなくなるのだが。

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