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▼その女、不運につき-03


 女と買い物など行った記憶はない。
 そんな面倒なことを誘うような女とは付き合ってきたこともないし、もしも頼んできた暁にはいくら気に入っていた女であったとしても恐らくその場で帰っていただろう。
 そう分かっているからこそXANXUSに近寄る女は大体聞き分けのいい、面倒のかからない女ばかりだった。

 自分から言い出したこととは言えよく幹部の連中が女の買い物は面倒で時間のかかるものだと嘆いていたことを思い出し、始まる前から若干煩わしく感じたのも仕方のないことだったのかもしれない。大体ここへ来て自分の思い通りになったことなど微塵もない。やはり9代目の依頼など聞くものではなかったのだと思うと苛立ちは収まる事はなかった。

「お待たせしました」

 先の発言の通り女の割には早くに支度を済ませた響はすぐにXANXUSと合流し地図を広げながらすぐに目当ての土産屋へと足を運ぶ。後の処理はスクアーロに全て任せておいたし荷物も一応念の為、と響の分はXANXUSの部屋へと運ばせた。あちらに関しては問題もないだろう。
 歩きながらちらりと隣を静かに歩く女を見る。見れば見るほど普通の日本人だ。ただ今日に限っては隣に歩く男が一般人ではなかったというだけで。恐らく他の観光客には異質な二人組のように見えているに違いなかったが響はそんなことを気にした節はなかった。そもそも気付いているのか定かではない。

 が、どうせこの女も多少は他と違っていたが買い物だの何だのになれば結局のところは同じものなのだろう。なんて思いながらも一度決めた事を今更やめることはそれが例え一般人の響相手であってもプライドが許さなかった。
 今日一日だけだ。何の面倒なことが起きたとしても。今日さえ我慢すれば。

 だがしかし、その予想は大きく外れることになる。

「あ、あそこですXANXUSさん!」

 店に入ると特に悩んだ様子も見せずさっさと店内を歩き商品名のみを確認後カゴへ数個、さっさとかごに入れていく。
 その手つきは適当に、というよりは恐らく決めていたルートと同様、何の土産を幾つ購入するかまで決めていたのだろう。最低限必要なものだけを選び余計なものには見向きもしない様子は見ていてむしろ清々しさすら感じられXANXUSはその後ろからゆっくりと着いていく。

 当然響とは違いXANXUSの目的は先日壊滅にまで追い込んだアンブラの残党から彼女を守ることだ。何かと一般人を巻き込んだとなると後が―特に9代目だ―煩いことは十二分に知っている。これ以上面倒な後始末をするぐらいなれば今日一日を我慢したほうが幾分かマシだといったところだった。
 それに、新たに発信機をつけられない限り今日さえ乗り切れば彼女は何も知らず平穏な日常へと戻っていく。そこまでしてやる義理は無いかとも考えないわけではなかったが、如何せんこの不運の権化のようなこの女に些か同情を覚えた節もある。そして、多少は自分の責もあることは認めなければなるまい。

 そんな事を思われているとは露知らず響はある場所でピタリと立ち止まり、XANXUSもその後ろで同様にして停止した。
 様子を伺えば先ほどまでとは違いゆっくりと選別する目付き。悩んでいるというよりは、何かを探しているような。視線が商品全体に行き渡り、それでも尚彼女の手が何かを選ぶ様子は見えなかった。

「何を探してやがる」
「…えっ」

 ここがもしも先に言ったような服屋だったり女特有の買い物をする場所であれば相手が何を選ぼうか何に悩もうか知ったことではなかったし、気にするどころか店内にすら足を運ばなかっただろう。が、XANXUSが思わず声をかけたのは此処が土産物屋という滅多と来ることのない珍しいところであること、そして何よりも彼女が立ち止まったそこは酒が並べられていたからだろうか。「ええと、」困ったような響がとうとう助けを求め振り返った。

「XANXUSさんは昨日ウィスキーだけでしたけど日本酒とかは飲むんですか?」
「特に銘柄は拘らねえけどな」
「…なるほど。昨日バーで飲んだものが土産屋でも売ってあると聞いたので自分用に買おうと思うんですが……」

 どれだったかなあ、と探す響はやはり酒が好きなのだろう。他人に対しての土産へのスピードとは違いコレに関してはじっくりと探し出すつもりらしい。
XANXUSに対し「お待たせしてすいません」と断りを入れ、それからは見向きもせず試飲コーナーの店員に声をかけアレでもないコレでもないと往復する。ここにきて初めて迷った様子が見られたがこれもまた不思議と面倒だと思う気持ちが湧いてこないのは探しているものが酒の所為だ。そうに、違いない。

 響の隣へ立ちついと視線を巡らせる。すぐに酒瓶が並ぶその中に昨夜バーテンダーが手元に置いていたものと同じものを2本見つけると響に無言で銘柄を見せつけるようにして並べた。
 何も言わずじいっと見る響。「こっちです」流石に2つにまで絞ると思い出したのか1つに決めると目当ての方へと手を伸ばし瓶を受け取った。
少しだけひんやりとした響の指が一瞬だけ触れる。ギラギラとXANXUSの知っている女のような主張の激しいネイルではなく薄づいた桜色の爪がこの女らしいと何とはなしに思った。

「…よく、分かりましたね。私全然覚えられなかったのに」
「当たり前だ」

 この女は隣に座っていたXANXUSよりも、目の前の小洒落た格好をした見目麗しいバーテンダーよりも、手元にあった酒と軽食しか目にしていなかったのだから記憶になかったのは当然だろう。
 その場面を見ていたわけではないがバーのカウンター、一番端で酒と軽食を舌鼓をうちながらリフレッシュ休暇という名の長期休みを思う存分楽しんでいる響の姿は驚く程容易に想像できた。馴れ合いより一人酒を選ぶ女、か。まったくもって変わった人間だ。

 選ばれなかった方の酒瓶を元ある棚へと戻すと「XANXUSさん」と小さく名前を呼ぶ声が背にかけられた。そういえばこの女に名前を呼ばれることがそれほど不快ではないと昨夜は思ったがどうやらアルコールが入っていた所為ではなかったようだ。何も期待を、見返りを求めぬ物静かな声。”XANXUS”という人間、背景を何も知らぬ彼女がXANXUS個人を呼ぶその声は、不思議と己を落ち着かせた。不運である上に不可思議な力も持っているというのか。ゆっくりと振り向くと彼女は静かに己を見上げ、

「ありがとうございます」

 ここへ来て、女が初めてゆっくりと、目を細め笑んだ。
 XANXUSに見初められようと計算し尽くされたそれではない。ただただ己の知っていることを教え、彼女が目下悩んでいた小さなことに対して答えをくれてやった。たったそれだけの事に対し紡がれたその言葉は、至って自然なその笑みは、しかしXANXUSにとっては新鮮なそれで。思わず反応が遅れてしまったのも仕方のない事だろう。

 ちりり、と何かが、身体の内部から何かが燻る音が聞こえた気がした。
 何故この女といるとこうも己が己らしからぬ様子になるのか。日本へ来てから、響と出会ってから想像も付かぬことばかりだ。
 まさかこの女の不運がXANXUSへも移ったというのか。いや、それも違うだろう。「…早く行け」何やらこちらを見ている響の視線が気になり精算を急かす。この芽生えたコレは、自分のことながら理解したくもなかった。一瞬脳裏に過ぎった考えを否定するかのように頭を振るうとハッと響が目を僅かに見開いたのが分かった。何か変わったものでも見つけたのだろうか。それとも、自分に何かついているというのか。

「…何だ」

 そう問えば慌てて取り繕ったかのように先ほどの笑みを浮かべ「何にもありません」とすぐに返ってきてそれ以上追求することはなかった。手にしっかりと握っていた酒瓶をカゴに入れ、レジへと小走りで向かいXANXUSはそれを静かに見届ける。

 何がきっかけかよく分からない。
 あの不運続きな彼女の背を見ていると何故だか先ほどよりも少しだけ距離が縮まった気もしたが、不思議と悪い気はしなかった。

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