外見平凡中身非凡主人公総受け/2

***


「ベットにいるべき筈の貴方が何故此処にいるのですか有栖」
「いつまでも店あけとくわけにもいかないだろ」
 さらりと流れる黒髪を一つに後ろに纏め、不機嫌そうな眼をした美形が腕を組んで踏ん反り返っている。最早見慣れ過ぎて今更見上げようとも思わない。なので見やりもせずに押しのけたのが不満だったのか。ユエは神経質そうに眼鏡を押し上げ「人の話は眼を見て話しなさい」と腕を取って来る。魔族の癖に。
「俺仕事中なんだけど」
「人間共にわざわざ貴方の手料理を食べさせる価値があるとは思えませんね。そもそも完全に回復したわけでも」
「俺はお前に今構ってることに価値があるとは思えませんよ」
「・・・・・・・」
 手を引き剥がして沸騰した鍋に寄るのを苦虫を噛んだような顔をして睨むので、嫌なら店になんて来なきゃいいのにと呆れた。ユエは純血の魔族で、伝統あるお家柄のお貴族様だが、何故だか戦闘にしか興味のない爺ちゃんに心酔している変わり者だ。しかしここで甘やかしてはいけない。そうすれば益々年頃の息子を持った母親のように干渉してくるのだから。普通、20半ばの男捕まえていつどこで誰となにしてたか逐一気にするだろうか?
 全然言い足りなさそうなのを放って、カランと鳴った入り口に笑顔を向けた。

「いらっしゃいま―――」
「やっほー」
「・・・・・・アリガトウゴザイマシター」

 固まった笑顔のまま追い返そうと試みるが、男は気にせずさっさとカウンターに座る。
「お酒ちょーだい」
「・・・・・お前、いっちょまえに注文なんざする前にツケを払え」
「でもさぁ、魔王に勇者が金払うっておかしくない?」
「おかしいのはお前の倫理観念だ」
 どれだけ横暴か。世間はこんなのが勇者だなんて知ったら大いに悲しむだろう。しかもタダで飲み食いしたものを堂々と踏み倒そうとした上に、更にものを強請るだなんてどうかしてる。誰だ一時でもコイツを勇者になんて認めたのはと言ってやりたいが、そうすると友人である国王を非難することにもなるのでそれについては何も言わないでおく。
 どうやらいつもの調子らしいことに、本当に忘れているのだと少しほっとしてから返す。
「それに、俺は魔王じゃないって言ってるだろ」
「でも孫じゃん」
「孫だからって俺まで魔王にされてたまるか」
「じゃあ麦酒ちょーだい」
「・・・・・・ルイ、言葉のキャッチボールって知ってるか?」
 ビキと手の中にあるシチューをかき混ぜていた杓子が音を立てる。落ちつけ俺。ここでコイツを感情のままに殴るのは簡単だ。だが悲しいかな。俺はただの魔王の孫なだけで身体能力から顔の造作までスペックはモブ中のモブ。ジョブ的には村人Aな平平凡凡。性格は思ったことが言えない小市民で、特技といえば料理と接客が出来るくらい。悪く言えば貧乏器用。
 対して相手はアッシュの髪にアイスブルーの瞳の無駄美形だがそれを鼻にもかけない天然横暴。だがそれだけの実力もあるので始末が悪い傍若無人な世界最強勇者様。おまけにそんなご大層なものはいらないとあっさりと投げ捨てられる男前さがこちらの卑屈魂を刺激してくださる。・・・・・・改めて考えると腹たってくるな。
 だからまぁ、情けない話だがそんな俺には勝てる要素など皆無なわけで。
 すっかり罅が入ってしまった調理器具を物悲しく眺め、あとで補修しようと台に置きつつ背後の殺気に有栖は嘆息した。
「ユエ、無言で弓引くな。店内だぞ」
「・・・・・・・・・」
 秀麗な顔をいつも以上に不機嫌に染め、弓に手をかけていたお目付け役に釘を刺す。物憂げで知的な見た目からは想像もつかないくらいにユエは喧嘩っ早い。困ったものだがそれより最悪なのは勝手に瓶からピクルスを摘んでいる似非勇者だ。有栖はじとりと指を舐めているルイを睨んだ。
「それもツケに入れとくかんな」
「あんたって細かいよね」
「お前が有り得ないだけだ」
「有栖、外の通りでなら射殺してもいいんですか」
「掃除面倒だからやめろっつーか殺すの自体やめる方向で頼むユエ」
 元々人間は毛嫌いしているが、何故だが不明なくらいに昔から自分に対して関わる輩に物凄い嫌悪感を示すユエにふるふると首を振る。何で俺の周りってこんなのばっかなんだろ。・・・・・・・まぁ、こんな元々の性格と過保護なユエが今。我慢していること自体が奇跡に近いが。少し苦笑する。
「こういう訳だからさ。お前いるとユエとかジーンとか他の奴等も機嫌悪くなるんだよ」
「うん?」
「だから、まぁ、なんだ。刺激してほしくないから、こう度々店に顔出されるのも困るっていうか。・・・・・・暫く、此処には来な」
「じゃあ有栖の部屋で待ってる」
「うんお前俺の話聞いてた?聞いてないよな絶対?おいってば」
 ルイの発言に益々ユエの機嫌が急転直下で下降しているのを感じながら、これでジーンまで帰ってきたらどうなるかと有栖はぞっとした。
 勝手にさっさと二階に上がるルイに慌てて声をかけるが知らん顔である。なんとかユエに鍋を見ているようにとその場に待機させてから追いかける。階段半ばで肩を掴めば常に揺るがないアイスブルーがこちらを見た。
「でもあんたも俺の話、聞いてないでしょ」
「なにが」
「前に言ったよね」
「・・・・・・」
「あんたを手に入れるまで、俺はあんたから離れる気ないから」
 確かに聞いた声が蘇る。首筋を撫でられ、狂気染みた色に染まった氷の瞳。逃がさないからとうわ言のように言ってから崩れ落ちた身体。思ったよりもずしりとした重みに暫し茫然としてから、じわじわと生温かくなっていった被服から滴った、あまりの血量に、全身から体温が消え去った。
 そう、まだ覚えている。生々しい程に。人の体温が徐々に失われていく恐怖。改めて思い知らされたのだ。コイツとは生きている世界が違うのだと。
 だからあの時の記憶は全て消して貰った筈だった。なのにどうやら忘れていないらしいルイに、改めて常識外れ過ぎだろうと呆れた。こういう破天候なところは嫌いじゃない。でもそれとこれとは別の話だ。
 有栖は視線から逃れるように顔を背けた。
「―――でもそれは、俺じゃないだろ」

 コイツが欲しいのは、俺であって俺じゃない。
 それよりもなによりも、もうあんな想いをするのは御免だったから。

「だからもう、俺に構わないでくれ」

 迷惑なんだと言ってから、泣きそうになって。気持ちとは裏腹の、間逆の嘘を吐いた。
 嗚呼やっぱり俺は臆病者だな、アイリス。



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