外見平凡中身非凡主人公総受け/3 *** 『――アリス』 アイツを呼ぶ声がする。 有栖と瓜二つのような面影でありながらそれは違う存在。ただそこに有るだけで人を、魔を惹きつけて止まない、抗えない程の魅力。声を耳端に捉えただけで震えるような陶酔感が身体を満たすのだ。 実際に生身で会ったことなどないと有栖は言う。現実でない夢想世界や脳裏にかかる声音を聞いただけだと。しかし本当に存在するらしい、有栖の裏人格であるという奴の名は『アイリス』。自分が魔王の血族だと実感するのは、アイリスが齎すものを目の当たりにした時だと有栖は呟いた。 アイリスは誰よりも何よりも有栖を溺愛している。そして有栖を傷つける者を決して許しはしない。 自意識過剰でもなんでもなく。ルイは当時暫定ではあったが世界最強と定められていた。謙遜など馬鹿らしく、面倒だったので拒否も歓迎もせずにただ言わせるだけにしていた。結果、国は勝手にルイを勇者へと祀り上げた。国王だけがすまなそうな眼で見ていたので、惰性ではあったが依頼をこなした。切って突いて血や脂を刀身から薙ぎ払うだけの日々。 そして気付けば眼前には熱狂的に迎える民衆。魔族とはいえ人の血と変わらぬ赤色にまみれたルイを歓声をあげて讃えている。それらの己の意思の欠片もない、似通った瞳にルイはやっと背筋を奔った悪寒に身体を震わせた。 自分は今なにをしているのか。なんの意味があってここにいるのか。多少腕が立ち、伝説の勇者と謳われた男の血族だからという理由だけで何故此処にいる。 これは一体誰の意思なのか。自分でも誰でもない、意味を成さない己という存在に急に虚しさが襲った。 観衆の無為な熱狂・嬌声だけがわんわんと耳鳴りのように響く。適当にぺたぺたと形作っていた自分が崩れてしまいそうだった。 だから全てを察して頷いてくれた国王に一つだけ頭を下げ、誰にも知られないように国を出た。 それから勇者だから正義の味方だとか、魔族が悪みたいな陳腐な王道みたいな話は嫌いだからといって、魔王と呼ばれる存在を探した。幼少の頃に苦笑した祖父が話していた言葉だけを頼りに彷徨った。 『あんな破天候な奴は後にも先にも会ったことがないよ』 常識が通じない、普通じゃない、自分と同じかそれ以上の存在。そんなものがあるならば、知りたかった。見たかった。この手で触れて、安心したかった。一人ではないのだと。 「――貴様か、」 それから見つけた、緋色を纏ったあの存在。 捕えたものを全て燃し尽くしてしまうような気を放ちながら、凍てついた瞳しか持っていなかった。 乾いたように張り付いて、動かない舌を必死に引き剥がした。初めてだったのだ。恐怖というものを知ったのは。 「最近有栖に纏わりついているのは、貴様かと聞いている」 「・・・・・・・」 「口も効けんか」 何故それほどに人を疎むのか。血が不足している為か。また違うものからくる震えなのか。わからずに尋ねた。それに魔王は淡と返した。 「自意識が過ぎるな。貴様等にそのような価値などない」 気にも止めていないと言外に呟く。 「なにであれ私のアリスに近付くものが不愉快なだけのこと。人でなく魔族といえども邪魔臭いことこの上ない。アリスが望むから何もせぬだけであり、アリスを傷付ける輩はアリスが幾ら何を言おうが知ったことではない」 爛と紅玉のように魔王の瞳が揺らぐ。 「そんな唾棄すべき塵は直ぐに排除するだけだ」 無造作に腕を払った魔王の無機質な声音だけが耳に残った。 それからどれだけ時間が過ぎたかは知らないが、次に意識が戻ったのは顔をくしゃくしゃにさせた有栖が呼んだからだった。 声を枯らして名を呼ぶのにどうしようもなく愛しさがわいた。ずっと気の所為だと気付かないふりをしていたのに。 (やっぱり、間違ってなかった) 有栖は臆病だから。誰かを傷付けるのが恐いから。だから無意識の内に平凡なフリをする。無能な魔族であるように振る舞った。魔力の塊のような存在の癖してそれを見ないように、知られないようにと自分の奥へ奥へと仕舞い込んだ。 それが裏人格であるアイリスとなり、薄々気づいていた癖にそれさえも忘れようとした。寂しいとアイリスが泣いても呼んでも応えようとしなかった。最早聞こえさえもしなかったのかもしれない。それ故に益々アイリスは有栖に固執し、執着した。餓えたように有栖を求めた。 それを知ったユエはなんとなくわかった。だから有栖はきっと逃げるに違いないと。ユエが有栖を欲しても、信じやしないと。 好いた相手に信じて貰えないことはきっと虚しい。傷付くだろう。それはいやだったから、ぽかりと浮かんだ有栖への想いは宙ぶらりんのままだった。 「でもその所為で、あんたが傷付くんだったら話は別」 「・・・・なんで俺が傷付くんだよ」 「だってあんた、俺が必要なのはアイリスだって勘違いしたまんまじゃん。それで勝手に落ち込まれても困る」 「・・・・・・っ勝手で悪かったな!だったら余計にほっとけよ!」 「確かに俺はあんたの中の魔王の力。アイリスに興味を持っただけなミーハーかもね。でも実際にアイリスと対話してからわかったよ。俺は初めからあんたしか見てないって」 「・・・・嘘だ」 「嘘じゃないし。初めは俺も勘違いしてた。あんた、冗談かってくらいに普通で平凡だから」 「おい」 「怒んないでよ。わからなかったんだ。だからあんたの中にいるアイリスに惹かれてるんだって間違ったんだし」 今まで誰かを好いたことがなかったから。勝手などわからなかった。 「あの唯我独尊なアイリスが何よりも尊び愛しむのはあんただけ。だったら俺があんたに惹かれるのも当然じゃない?」 「わかんねーよ、アイリスも、・・・・・・・お前も」 傷付きたくない。傷付けたくない。だったら初めから近くにいなければいい。 そう思ったから何もなかったことにしたかったのに。 「―――俺は臆病者なんだ」 「うん」 「お前等みたいに豪胆でも俺様でも人の話聞かない自分勝手でもない」 「うん」 「・・・・・・だから、お前等の気持ちが強ければ強い程、恐いんだ」 その温もりが、傍から消えてしまったことを想像するだけで。 「大丈夫だよ、へーき。だって俺強いもん」 「・・・つい最近くたばり損なった奴の台詞じゃねえだろ」 「あんたが死ぬなって言うなら死なないよ?」 絶対に。 いとも簡単に言ってくれるものだ。 そんなことを言いきってくれる相手が敵対している立場の勇者だなんて、とんだ酷い冗談だ。 (・・・・あーあ) それでも素直に嬉しいと思えてしまった時点で決まっているのかもしれない。 「アイリスとかユエにぼこられたって知らねーぞ」 「別にあんたの意思しか聞いてないし」 「・・・・・そーかよ」 わかったよ降参しますと諦めたように苦笑するのに、ルイは至極真面目に言う。 「だからさ、あんたの気持ち無視するわけじゃないけど。怒んないでね」 「?」 意味がわからず聞き返そうとした有栖の瞳を覆うようにルイの手が被さり、呼吸が止まる。 そっと離れたルイは、硬直したままの有栖をしげしげと眺めてからにこりと笑った。 「愛してるよ、有栖?」 「〜〜〜〜!!」 確かに唇を塞いだ感触は所謂キスというもので。 けれど初めてみた笑顔があまりにも無邪気で、逆に怒るタイミングを失って悔しくて物凄く腹が立ったから殴ったなんて今更言えない。 end |