私の為だけに
「蛍ちゃん、何飲む?」
「えっと…レモンティーで」
「じゃあ俺はアイスコーヒー」
喫茶店に連れてこられて向き合って座り、目が合うと新屋くんは少しだけ笑う。
「蛍ちゃん、病弱だって聞いたけど何か病気?」
「……小さい頃は少し。今はもう何ともないけど、保健室登校してるの。私、浮いてるから」
「っあは、まぁ蛍ちゃん可愛い感じだから皆羨んでるんでしょ。気にすることないよ」
ちょっと垂れ目で、優しげで、笑うと目尻がくしゃっとする。茶色いふわふわの癖っ毛は太陽に透かされてきらきら光ってて、初めて出会った瞬間に、王子様なんだってすぐに分かった。
これは、紛れもない運命なんだって。
「す、好きっ…」
「ふは、ありがと」
大きな手が伸ばされて、くしゃ、と私の髪を少し撫でた。新屋くんが優しく笑って、思わず見とれてしまう。
胸の奥が、温かいものでいっぱいになるみたい。
陽溜まりで息をしてるみたいな、満たされてく感覚。
「でも、俺の友達に酷いことを言うのはナシ。ね?」
「……………」
こくん、と頷くと、新屋くんが笑う。
「よし、じゃあケーキでもご馳走してあげよう」
「新屋くん、だいすき…」
「あは、蛍ちゃんってちょー素直だよネ」
大きなリボンもレースもワンピースも、小さな頃からそれらは全部私の為だけに存在してた。多分、この人も。この人も私に出会う為だけに存在してたの。運命の赤い糸で繋がって、どんな困難も二人で乗り越えていつか、ハッピーエンドが待っている。
そんなお伽噺だって、私の為だけに。
「送るよ、家どのへん?」
「帰りたくないの。私の家に来てよ、誰もいないからっ」
「行かないよ」
腕に抱き着くと、新屋くんが意地悪に笑って優しく私の腕を解いた。
王子様はそんな風に、そんな意地悪に笑ったりしないの。いつだって優しく笑ってて、大きな手で花を差し出して。それ以外に、王子様の役目なんてないでしょう?
「わーお、ちょー家デカイね。ほんとにお姫様なわけだ」
「新屋くんっ…少しでいいから!ね、お茶淹れてあげるから!」
「また明日。学校でね」
王子様はお姫様をたった一人ぼっちでお城に残して、さっさと何処かへ消えてしまう。それは誰のもとへ?私以外の、誰が必要だっていうの?
私の為だけに、生まれてきたくせに。
prev next
目次へ