You’re Full of It

俺なら翼を捥いで絶対に窓を開けないけどね


「ミョウジさん」
「……」

授業終わり、みんなの輪から外れ一人廊下を歩く彼女に後ろから声をかけると、彼女は俺をちらりと一瞥しただけで何も言わず、また前を向いて歩き出した。
はたから見たら無視された人間と無視した人間だが、彼女の動作にはちゃんと意味がある。

人がいるから向こうで話そう。

話をする気分じゃ無い時はこの時点で何かを言ってくる。
言葉はその時々によって違う。「さよなら」「またね」「急いでるので」。今のところこの3パターンしか聞いたことがない。

イリア・ミョウジはスリザリン生。俺、ビル・ウィーズリーはグリフィンドール生。
勘の良い人ならこの情報だけで分かるのではなかろうか。

一定の距離感を保ちながら彼女の後をついて行く。
先頭集団がそのまま右へ曲がるところを、彼女は真っ直ぐ進む。
俺はと言うと、流石にこのまま曲がらずに彼女の後を追いかけるのはあからさま過ぎるので、教室に忘れ物を取りに行くふりをして一度Uターンした。そんな俺の姿を見て、同級生が忘れ物かよ、と笑った。俺は適当に苦笑いで誤魔化した。

もれなく全員が右に曲がり完璧に人の流れが消えたのを確認し、再び俺は廊下を引き返した。
話場所を決めるのはいつも彼女である。気にしいなミョウジはとにかく他人の目に敏感で、校内の人目につかないポイントを熟知している。しかも毎回場所が違うのでまるで気分はスパイである。

何故こうまでして俺がミョウジと話がしたいかというと、単純明快、好きだからである。

ちなみにこれはもう既に本人にも伝達済みである。
伝えたからこそ、こうなったと言っても良い。

そうこうしている間に彼女を見つけた。
どうやら今日は、外階段の下で話をしてくれるらしい。っていうかこんなところにこんな階段あったんだ。初めて知った。

ミョウジはいつも通り、俺の顔を見上げた。
俺は少しでもかっこ良く見せたくて、普段あまりしない笑い方をした。

「ごめん。待った?」
「別に。でもわたし次も授業だから手短に」
「あ、そうなんだ。もっと早く歩けばよかった」
「今日は何?」

お望み通り二人だけになったというのに、今日も心を開いてくれる気配は無い。
恋愛とはほとほと独りよがりの感情だなと思い知らされるものの、時間を作ってくれない時は今以上に冷たい顔で先に述べた3つのワードをランダムで言ってくるのみなので、こうしてもらっているだけでもありがたいし、あと俺の為にしてくれていると考えると素直に可愛い。やはり俺はこの人が好きだ。

「いいネタ仕入れてきたよ」
「へぇ」
「サリーとアダム、結局より戻したって」
「うっわ。あれだけやっておいて?」

ミョウジは馬鹿にしたように、でも楽しげに笑った。今日ようやく見れた笑顔である。

「あんな大勢の前で痴態晒しておいて、よくあの女とより戻す気になったね」
「確かに…あれは酷かった」
「より戻したきっかけってなに?」
「もともとアダムはサリーのことがまだ好きだったからね。彼女があれだけ騒いで自分の気を引こうとしてたのを見て、やっぱりこの子しかいない! ってなったんだって」
「あほらし。どうかしてるわ。お似合いカップルね」

3日前、俺たちの学年のビッグカップル、サリー女生徒とアダム男生徒が大喧嘩をした。
喧嘩というよりあれはサリーがアダムの浮気を疑って大勢の前でヒステリックを起こしただけなのだが、朝食の最中にそれが起きたものだからその日は朝から話題に事欠かなかった。

ミョウジはここにはいない同級生の顔を思い浮かべているのか、それともあの日の大騒ぎを思い出しているのか、冷めた表情のまま壁に背中を預けた。

「それだけ人を好きになれるんだから、大したもんだわ。…まだ決まったわけじゃ無いけど、あなたはそういうことしないでしょうね」
「候補に入れてくれてるんだ? 嬉しいな。俺は君が嫌がることはしないよ」
「どうだか」
「今だって約束は守ってるよ。ファーストネームは呼ばない、体に触れない、話がしたい時は君の気分に任せる、このことは誰にも言わない、不満も漏らさない」
「暗唱できるんだ? 偉いじゃん。グッドボーイ」
「俺を犬か何かだと思ってる?」
「犬は人の言葉喋らないでしょ」

ミョウジはニヤリと笑って俺の顔を見た。暗色の髪の隙間から黒いピアスが揺れるのが見えて、一瞬むっとしたがすぐに見蕩れたので恐らく不満そうな顔をしたところは見られていない、と思う。

自分のことが無条件に好きな相手を前に、ミョウジは常にこんな感じである。
静かでおとなしいのは周りに人がいる時だけで、これが本当の姿らしく、俺と話す時は時折こうやって素を見せてくれる。
人の目を気にするあまり自分を出せなくなった生活を送っているせいでいろいろ溜まっているのを吐き出す憂さ晴らしになるならいくらでも俺をなじってくれて構わない、と大らかな姿勢を今後も見せたいところである。

「犬では無いけど犬っぽいよね、ウィーズリーは。毛が長くて大きいやつ」
「チワワ?」
「多分それ」

絶対に違うよ、それ。
からかってくれるのを期待して全然違う犬種を言ったが彼女は本当に犬について詳しく無いようである。
恐らく彼女が思い浮かべているのはゴールデンレトリバーやコリーだ。また一つミョウジの可愛いところを見つけてしまった。
笑ったままの俺を見て、ミョウジは怪訝そうに眉を顰めた。

「…犬って言われてそんな笑う? けっこう屈辱だと思うけど」
「いいよ。俺、犬好きだから」
「そう。いいならいいけど」
「犬で思い出したけど、サリーはアダムのことビッグベアって呼んでるらしい」
「ッ、アハッ! なにそれ!」
「アダムはサリーを小鳥ちゃんって呼んでたよ」
「小鳥はあんな金切り声出さないでしょ! マンドレイクよマンドレイク!」

その言葉に俺も思わず笑った。
これは多分、あの二人を知ってるから笑えるところであって、知らない人が聞いてもここまで笑うことはないだろう。

ミョウジはひとしきり笑ってから息を整え、面白いわ、と一言俺が持ってきた話を評価した。
お気に召したなら何よりである。そしてサリー、アダム、ネタにしてごめん。

「いろんな人たちがいるしお互いをなんて言おうが買ってだけど…。小鳥でもナイチンゲールでも、熊が引き取ってくれるなら安心ね」
「聞いてて怖かったけどね。俺の小鳥ちゃんが戻ってきてくれた! って」
「もう一生放鳥しないで欲しいわね。扉も窓も密閉しておいて欲しいものだわ」
「君らしいね。俺も君の恋人になったら首輪をかけられたりするのかな」
「犬って帰省本能あるんじゃなかった? お望みならかけるけど、今だってかけられてるようなものじゃない」
「はは。確かに」

俺たちのこの会話も、知らない人が聞いたら仲睦まじい恋人同士の惚気話に聞こえていたりするのだろうか。
外野がいないので、こういうところを見せつけて外堀から埋める作戦が取れないのは結構きついものがある。

ミョウジは壁から背を離し、また俺を見てニヤリと笑った。

「まだ決まったわけじゃ無いけど、あなたならわたしをどう扱う?」
「お姫様として扱うよ」
「模範解答だけど、もっこう、あなたの胸の内が分かるような答えが聞きたいな。…そうね、じゃあ、わたしが空から落ちてきた天使だとしたら?」
「マイスウィートエンジェルって呼んであげるよ」

ミョウジはまた声を上げて笑った。
俺はその笑顔に手応えと安堵を覚えた。

でもナマエのことだから、俺の本心を聞いてもこうやって今みたいに笑い飛ばして、もっとエグいことを言って、俺を支配してきそうなところはある。むしろそれくらいしてきて欲しい。

それにしても。
アダムが寮でエンジェルことサリーの帰還を手放しに喜んでいる時、ぼそりと口に出た俺の言葉でそこにいた全員が凍ったあの空気よ。あんなに引かれるとは思わなかったな。

でも実際、天使でも悪魔でも小鳥でも、確実に逃がさない方法ってこれしか無いと思うんだよね。
頭の中では君のファーストネームを呼び捨てにしていることとか、どうなりたいか、どうしたいかも含めてナマエには言わないけどさ。


back
- ナノ -