You’re Full of It

俺は楽園を知らない


誠意の悪足掻きの続き


ナマエ・ミョウジが行方をくらましてから早3ヵ月。我が君はあの女の行方と生死に興味が無いご様子で、捜索活動もそれほど意欲的に取り組むことはなかった。恐らく、もう既に必要な研究資料は彼の手の中にあり彼女がどうなろうが知ったことではないのだろう。むしろごくつぶしが勝手に消えてくれた程度に思っているのかもしれない。確かにあいつの研究は陣営の中で1、2を争う程大きな役割を果たしていたが、その恩恵を受けるのは我が君ただ一人だった。他の連中も表向きにはその研究を支持していたが、自分たちの懐には何も入ってこないので陰で彼女を嫌っていた人間も多い。恐らく今でもあいつのことを、そしてレギュラスのことを頭の片隅に入れているのは俺くらいだろう。
奴は最後、研究室は好きに使えと言った。しかし俺が好きにできたのはあいつが消えてから最初にあの部屋に入り書き置きを残すまでの数時間だけであり、すぐに別の人間が部屋を引き継いだ。その際、奴が残していった膨大な資料や器材は全て処分されることになった。我が君も流石にあれら全てを流用されるのは嫌ったようである。

* * *


それからまた数年が経った。俺ももうその他大勢の死喰い人と同じくナマエ・ミョウジとレギュラス・ブラックのことを気に掛けることは無くなった。気に掛けるというより、もう既に死んでいるものとして扱うことにした。恐らくまともには死ねなかっただろう、なんて思えるくらいになった。
あの女はレギュラスを探すなんて大それたことを言っていたが、実際は研究資金の横領が表沙汰になる前に雲隠れしたいとか、そんなところだと思う。レギュラスを思っていたのは本当だとしても、奴の死だけであんな博打を打つような真似する女ではない。あいつの死を口実に、此処ではない何処かで人生を終わらせたかったのだろう。そして本当に終われたのだ。俺はそう思い込むことにした。

* * *


全面戦争だと誰かが言った。いやこれは聖戦だと誰かが言った。魔法使い万歳と誰かが言った。
ダンブルドア率いる不死鳥の騎士団と我が闇の陣営の対立はいっそう激しくなった。俺もようやく我が陣営に貢献できるまでに成長した。そんな中、来たる10月31日。我が君は危険を顧みず、自ら赤子を屠らんと動いた。大勢の死喰い人が勝利を確信した。俺もその一人だった。万事上手くいく。誰もがそう思っていた。

* * *


翌日。どうやって帰って来たのか覚えていないが、俺は自分のベッドで着替えもせずに眠っていたらしい。朝なのか昼なのか分からぬまま体を起こす。あたりを見回すと、枕元、サイドテーブルの上に封筒と新聞が置かれていた。そういえばポストを確認してから家に帰ってきた気がして、新聞があるということは明朝に帰っていたのだろうと推測した。
手を伸ばしてそれらを並べようとした。しかし、一番最初に目に入った新聞の、クソの役にも立たない能無し魔法省役員がほくそ笑んでいるのが不快で、そいつに向かって残りの郵便物を叩きつけると、封筒に挟まれていた葉書が一枚、横に吹っ飛んだ。なんとなくそれを手に取ると、オレンジ色の外壁が連なった道の真ん中、撮影者が腕を伸ばしているのか、真ん中には2段重ねのアイスクリームと少し日に焼けた色をした手が映っていた。旅行会社の販促か何かかと思ったが、目を凝らすと右下にメッセージが書かれているのに気が付いた。



Hey,It's me.
a HEAVEN on earth! in Spain



裏面には俺の家の住所が書かれているだけだった。
これが、ナマエ・ミョウジから届いた最初で最後の手紙だった。



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