夏とロックとティーンエイジャー

チャンスは二度もない



財前が後で聞いた話によると、女子テニス部は男子テニス部と同じで全国大会三位という結果で終わったらしい。
どんな偶然やねん、と思ったことが口から出た財前に、小石川は小春に聞けばもっと詳しいこと教えてくれるでと答えた。
そこまでの労力を使って知りたいわけでは無かったので、彼は簡易的にお礼を言ってその場を離れた。

まぁあいつのことやから、勝ったやろ。 

そう思い込むことで自分で自分を卑下する。
あれ以来、そういう癖がついた。思い込むことで、彼は彼を慰めた。
それが彼の自己防衛であり、自己治癒だった。

誰も慰めてくれんのなら、自分でなんとかせなアカンのやろ。察してちゃんとか、マジで寒い。

コートの隅で体を慣らしながらそんなことを考えていると、金網の向こうに女子テニス部の部長らしき人影が見えた。

頭の片隅にあった記憶を手繰り寄せ、確か古賀が桂木部長と呼んでいたことを思い出した。

まぁ関係ないわ、と落ちていたボールを拾おうとすると、「財前!」と白石から名前を呼ばれた。
なんやねん、と声のした方に振り向くと、白石はコートの外で、桂木と一緒に外から様子を眺めていた。
ちょちちょい、と手招きしていたので、一応走ってそこに向かった。と言っても外に出る気は無く、金網越しに財前は二人と対峙した。

「はい、なんスか」
「スマンな、財前。あ、こっち女子テニス部の部長の桂木さん。知っとるやろ?」
「はい」
「練習やのに、ごめんね財前くん」

どうやら記憶違いでは無かったらしい。
しかし今の今まで関わったことのない人が、自分にいったい何の用があるのか。
財前は、ええすよ、とだけ言って言葉の続きを待った。
しかし続きを話してくれたのは白石だった。

「二年の女の子が大会終わってから練習来てないんやって」
「はぁ」

その横で、桂木は自分のスマホをぽちぽちいじり、チャットアプリのトーク画面を財前に見せた。
顔を近づけて画面を見てみると、見たことのあるアイコンがあった。

「古賀さん。財前と同じクラスやったよな。俺も見たことあるから覚えとる」
「…古賀、来てないんすか?」
「せやねん。本人は夏風邪とか熱中症とか…いや、疑ってはいないねんけど、ちょっといろいろあってん、あの子」

確かにその画面には、夏風邪やらかしました休みます、や、熱中症気味なので3日くらい休みます、など、端的な休みの連絡が古賀から送られていた。
それに桂木は気遣う返信をしており、古賀はそれにすみませんとだけ一言返していた。

「…なにしてんねん、あいつ」
「まぁ、無理に来いって引っ張り出すのもアレやから、とりあえず今は好きなようにさせとこいうて、顧問ともみんなとも話しとるんやけど…。ほら、今度合宿やるやん? アレなら古賀も参加しやすいしその後部活にも来てくれそうやなと思ってんけど、今はその合宿すら来てくれなそうっていうか…」
「…俺からも声かけてって事っスか」
「うん。仲ええって聞いてたから」

仲はええかもしれんけど。

財前は深くため息をついた。
自分がこんな役回りをお願いされるなんて思っていなかったからである。
しかも今ここには白石も同席している。嫌だと言える空気では無かった。

「…わかりました。言っときます」
「助かるわ。ほんまありがとう、財前くん」
「でも教えてください。なにがあったんすか」

安堵する桂木の顔にまた暗雲が立ち込めた。
白石も少し不安そうな顔で、隣に立つ桂木と、金網越しに財前を見つめた。

桂木はスマホを仕舞ってから、実は、と口を開いた。

「準決の試合、負けてしもたんよ。シングルス2で。…それが、相当ショックやったみたいで」

負けた。
あいつが。
古賀が。
古賀が負けた。

言葉を数回反芻して、ようやく脳裏に描写が浮かんだ。

「めっちゃええ試合やったんよ! 誰も責めてへんし、正直あの子がなんでここまで落ち込んでるのか私らでもわからんのよ」

古賀が試合に出て、そして負けた。
自分と同じようで全く違うその状況を他人の口から聞き、瞬時に、財前の頭にあの時の記憶が蘇った。

「…財前。俺、離れとこか」
「…」

白石の気遣いが余計に虚しかった。
古賀が置かれている立場も恐らくこんな感じなのだろう。
同じ二の舞になってたまるかと、財前はすかしたように笑った。

「今さら気ぃ遣われても困りますわ。ええですよ、別に。どうせ後で話聞くんでしょ。手間やないですか」
「っ、財前!」
「無駄は省きましょ。…で、あいつはそれでふてくされてるっちゅーわけですね」

憤る白石を無視して、財前は桂木に詰め寄った。

視界の端で困ったように口をつぐむ白石を確認し、桂木はまた、ええ試合やったんよ、と繰り返した。

「…スコアは?」
「3-5。相手は北海道の中学で、三年生やった」
「なんか変なミスしたとか。舐めプとか」
「そんなことせぇへんよ」
「なら案外、ホンマに体調悪いんちゃいますか」
「…病は気からなんて、古臭いこと言いたないけど…。なんか、そんな感じするんよね」

それは自分の押し付けやろ、と、言ってもよかったのだが、これ以上白石の顔に泥を塗るわけにもいかず、財前は押し黙った。

負けたことに責任を感じて練習を休むようなナイーブな人間だったか。体調不良をここまで連発させるような弱い人間だったか。
あれこれ考えてみるものの、あの古賀ならどちらも当て嵌まりそうだった。

なんなら、暑いからとか、だるいからとか、そんな理由で休むような奴である。そう考えると今までのことが一気にどうでも良くなった。

「まぁ、合宿には来いって言っときますわ」
「うん。ありがとう。私らの方も、連絡してみるわ」
「あんま期待せんでくださいよ」
「こういう時は案外男の子の方から連絡した方がええんちゃうの? 財前くん、彼氏みたいなもんやろ?」
「冗談でもやめてください。あんな馬鹿」
「コラッ、財前!」
「ホンマのことですわ。あいつもきっとそう言うでしょ」

白石の心配もよそに、桂木はくすりと笑った。

「仲ええんやな。良かったわ。希望が見えた」
「桂木さんも大変やな。あいつ、めんどいでしょ」
「もうその言い方が彼氏やん」
「本当はどんな仲やねん…」
「部長が勘ぐる仲では無いですよ。席近いからよく話すってだけですわ。…行ってええですか」

この場を離れようとする財前に、桂木はもう一度お礼を言った。
財前もペコリと頭を下げてからコートに向かった。

彼らから少し離れて、財前はちらりと後ろを確認した。金網の向こうでは、まだ白石と桂木が何か話し込んでいる。

どうせ自分のことでも喋っているんだろうと思うと、妙に胸のあたりがムカついた。



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