こっちはとっくに完敗してる | ナノ

こっちはとっくに完敗してる



腕相撲の話の続き。


あんな大衆の前で負ける事になるとは。
終わった今でも強く奥歯を噛まずにいられない。顔面に悔しさを出してしまいそうだ。
たかが腕相撲でも自分の力量を白石クンが上回るとは思っていなかった。
しかし相手を甘く見ていたから負けたという訳でもなさそうだ。彼の腕力は相当なものだった。
ガントレットで鍛えていた筋力やバランスは伊達ではないという事だろうか。
そんな事をしつこく考えている俺の腰に、何か違和感。
右側に立つ白石クンが左腕でそっと歩みを促してくる。
力比べの為に集まった群集からようやく抜け、なんとなく従ってはいるけれど。


「どこへ行くつもりですか」

「とりあえずその腕マッサージさせて貰おかな」

「何?」


眉がぴくりと動いたのが自分でも分かる。


「アカンの?俺の言う事きく約束やろ?」

「言う事?注文をつけるってそういう意味だったんですか」


歩む足を止めないまま、隣の白石クンを故意に睨む。彼は誤魔化すように笑顔を向けてきて曖昧な言葉で濁した。
それが然程不自然でなく、嫌味がないと言えるはずなのにどうにも気に食わない。
白石クンにリードされて心地いいなんて思えるはずもないのだ。
マッサージだってこの施設には専門家が居るのだから素人の彼にしてもらう必要はない。
だけどこれを言えば、また彼は腕相撲に勝った事を出してくるのだろうなと思い、仕方なく黙る。

辿り着いたのは高校生の名前の札がある一室。
それにも構わずノックをし、扉を開ける白石クンに焦って俺はその腕を引いた。


「何してるんです」

「うん?ちゃんと約束してあるから大丈夫やで」

「え…?」

「こんばんは、種ヶ島さん。白石です」


中に声を掛けた彼に、おお、と明るい返事。


「待ってたで。さて、と。終わったら連絡寄越してな」

「はい。有難う御座います」

「白石は礼儀正しいなぁ〜」


出迎えてくれた種ヶ島さんは白石クンの頭を軽く撫でて俺たちの横を過ぎり、行ってしまった。
何が何だか分からず呆けていると今度は俺が強引に腕を引かれた。
室内に数歩足を踏み入れると白石クンは部屋の戸を静かに閉めた。その音になぜだかぎくりとしてしまう。
俺が4人と使う部屋より広く感じる。
座布団を並べ、座るように言われて辺りをきょろきょろと見回しながら腰を下ろす。居心地はあまり良くない。
先輩というものに馴染みもないので、妙に緊張してしまう。
いや、今はそれより、この部屋をわざわざ借りた白石クンだ。
前もって言ってあったからあの人は了承してくれたのだろう。
いつそんな事を考えたのか。俺と腕相撲をして勝つところまで考えていたとしたら、用意周到すぎやしないだろうか。


「種ヶ島さんはいつでも貸してくれるんや。木手クン知らんかったんやな」

「そもそも何の為に借りるのか、俺には分からない」

「…んー、せやな。誰にも見られず、知られず、部屋でしたい事ってなんやと思う?」


そう囁いて意味深に笑う白石クンに、さあ、と返せなかった俺の顔はきっと赤い。頬が熱く、羞恥が激しく込み上げる。
含みのある言い方はしているが、別に卑猥な事を言われた訳でもないというのに。それが更に恥ずかしい。
彼は俺に追求せず、腕を取り、袖をまくった。


「左腕無理させたやろ」

「してない……あんなもの、無理の内に入らないでしょう」

「そうか?解しておいて損はないやろ」

「……だけど、」

「敗者は勝者に従う」


言い放たれた言葉と共に一瞬ぴりっとした空気が流れたような気がした。


「なんてな!ビックリした?今の幸村クンっぽかったやろ!同室やからちょっと特徴分かってきたわ」

「どうして君はすぐふざけるんですか」

「…どうしてって?」


用意していたらしいオイルの瓶を見せてくる。マッサージに使うようだ。きゅ、と彼が蓋を捻れば良い香りが広がった。


「幸村クンの真似じゃあないよね……」


どうやろ、と言いながらオイルを左腕に塗る。くっと指先で筋をなぞるようにしてきた。程よい力加減がじわりと心地良い。
言うだけあってマッサージは得意なのかもしれない。


「それより木手クンはええ筋肉しとるわ。やっぱり俺の目に狂いは無いなぁ」


指一本一本、指先まで丁寧に揉まれる。
言う事をきくと聞いて罰ゲームの類かと身構えていたが、これなら得だ。


「そう、ですか」

「うん。無駄のないええ身体や…」


それは少しニュアンスがおかしいような気がするが。


「もう少し触ってもええかな」


聞かれてすぐ、頷いた。この時点でかなり気持ちが良くて、まだ続けて欲しいと思ってしまっていた。
白石クンが俺の後ろにまわり裾を掴んで背中を露出させたので、それでは間抜けな格好になるからと制して上半身裸になった。
男同士、これぐらいなら構わないだろう。


「柔らかくて、気持ちいい…触ったらこんなんやろなって想像してた感触と一緒」

「そんな事、想像するんじゃないよ」

「ふふ、木手クン」


とんとん、と肩を指先が数回叩いた。
やや斜め上へ振り返ると、白石クンの笑顔がある。


「勃ってもうてるわ」

「…………え?」


嘘だと思ったけれど、それは本当だった。
冗談じゃなく、見ると下半身のそれは頭を擡げ始めていて、ズボンが少し盛り上がっている。
すぐに両手でそこを抑えた。でも当然見られた後なので無かった事には出来ないし、余計に見っとも無い。
自分を責める言葉も思い付かず、目元が熱くなる。
情けないと思っていたら、オイルがついているのに白石クンが抱き付いてきた。
逃げる隙を与えない早さと強さで。
心臓が壊れそうになる。


「俺の純粋なマッサージを性感かなんかやと思ってたん?」

「違うに決まってるでしょう!君がいやらしい触り方したんじゃないですか?」

「ただ筋肉のつき方ええなって褒めただけやん」

「ぁっ」


抱き締められたまま指先が肌をなぞり、思わず短い声を上げてしまう。
今度は片手の甲で思わず口元を隠すけれど、意味を成さない。


「まだマッサージ続けたいんやけど」


低く発せられた声に思わず目を瞑る。
腕相撲で負けようが、思い切り力でぶつかれば俺の勝ちになると確信してる。武術を心得てるのだから、それは過信じゃない。だけど今は、違うところで既に負けている気がする。

白石クンの手も声も、気持ち良くて震える。

憎まれ口を閉じ、俺は再び小さく首を縦に振った。こくりと一度、伝わるか伝わらないかくらいに。







2012.9.28
ネタの中でも人気があったお話の続きにしてみました。
セクシー対セクシー…一緒に居るだけでえろい雰囲気が漏れてきそう。

幸村っぽいという台詞、種ヶ島さんのくだりは捏造でした。笑