short | ナノ





これの続き
※暗い

市丸から教えられた、鏡花水月の能力は刀身に触れている間は効かないって話、本当だったなあとぼんやりした視界の中で思い返す。ふたりきりの時に市丸がその話をしてくれた理由はなんとなくわかっていた。私達は絶対に仲間にはなれないけど、同じ目的の為だけに途方もない時間を費やした馬鹿な奴らって括りでは多分一緒だ。打ち上げられた魚よろしく無様に瓦礫へ並べられた私と市丸。ずっと秘密にしていた卍解まで使ったのに勝てなかった市丸と、わざわざ刀に刺さって渾身の破道撃ってやったのに負けた私。ぶった斬られて虫の息の市丸の傍には、ああ、彼女がきっと市丸のついてきた嘘そのものか。なんだお前、泣いてくれる幼馴染いるんじゃん。かわいい女の子を泣かせる奴なんて地獄に落ちてしまえ。いや、私達は地獄にすら行けないんだろうけど。死神が死んだらどこに行くんだっけ。魂魄は霊子として尸魂界を構成する存在そのものになるって昔誰かが言ってたけど、じゃあ私自身は、私の心はどこに行くんだろう。もう頭に酸素がいっていないからぐるぐるぐるぐる目が回って、なんだかふわふわした気持ちになる。もうどうでもいいか、そんなもの。私の傍に誰かが膝をついたのがわかった。なんだ人がいい気分で寝ようとしてたのに、邪魔しないでほしい。私には泣いてくれるかわいい幼なじみなんていないはずだ。だから「なんで、」なんてそんな声やめてよ。お前ヘラヘラして笑ってるのがお似合いなんだからさ。「なんで、勝手に死んでんねん」まだ死んでません。今から死ぬけど。あ、違うな、最初から死んでるや。肉体はずっと昔に。心も、きっとあの日から。私の手を包む大きな手のひら。相変わらず細い指で羨ましい、低い温度の手のひら。百一年ぶりの感触を懐かしむ気持ちなんてもうない。やっぱり百年は長過ぎたよ、あと一年早かったら違ったかもね。はは。なんちゃって。痛いくらい強く握りしめられる両手はもうずっと前から血の気が引いていて、痛いって感覚すら遠い。市丸はもう先にいっただろうか。あいつ一人だと死んでも死にきれないだろうから、水先案内人は私が務めてあげよう。私はかわいくもないし幼なじみでもないし市丸のためになんか泣いてやらないけど、傷の舐め合いくらいならできるんじゃないかな。最期にどうせ情けない面してるだろうあいつの顔を見てやろうと思って目を開いた。ぐらぐら安定しない視界の向こうに昔より髪の短くなったあいつがいた。うわ、変な髪型。なにそれ。もっとツッコミ入れてやりたいんだけど私もう死ぬから無理だな。あーあ、畜生。失敗したら絶対悪役として高笑いしながら惨めに死んでやろうと思ってたのに、そんな顔されたら駄目じゃん。計画台無しだよ、全くもう。敵討ちなんて私のキャラじゃないの知ってるでしょ。藍染を倒せませんでした。みんなの百年間は取り返せませんでした。お前を人に戻してあげられません。人じゃなくて死神か。どっちでもいいや。本当に馬鹿なことをしたものです。元はと言えばみんなが私を置いてったのが悪いんだ。文句のひとつでも言ってやろうと思ったのに口から出たのはごぼりとした赤い液体だけ。うげえ鉄臭い。もう疲れたよパトラッシュ、寝ていいでしょ。百年頑張ったんだしそろそろもういいじゃん。飽き性の私にしては上出来。花丸ください。煩いなあ。わかったから何回も呼ばないで。聞こえてるってば。しとしと頬を濡らす生暖かい水滴、やめてよ、雨なんて。私、傘持ってないよ。