08 恐怖のハロウィン

ロンとハーマイオニーは、ハリーにホグズミードのお土産をたくさん持って、帰ってきた。楽しそうにホグズミードの様子を話してくれるふたりを見ていると、ハリーの沈んでいた気分は、少しだけ晴れた。
「今度は絶対、一緒に行こうな」とロンが言ってくれたことも、ハリーはうれしかった。
そのあとは、大広間でハロウィンの宴が開かれた。黄色と黒の飾りつけ。本物のこうもり。いつもより豪華な食事。甘いものがテーブルいっぱいに溢れた。
中でもハリーは、ゴーストたちによる余興に夢中になった。最後は手が痛くなるまで、惜しみない拍手を彼らに送った。
シリウス・ブラックがホグワーツ校内に侵入していたのは、ちょうどそのころだった。
宴のあと、余韻に浸り、興奮冷めやらぬグリフィンドール生を待っていたのは、無残にもめった切りにされた、太った婦人の肖像画。
キャンバスの切れ端が、床にいくつも散らばっていた。

ハロウィン気分は消え去り、大広間に、全校生徒ぶんの寝袋が敷かれている。宙に浮かぶ、魔法のろうそくの火はとっくに消えたが、おしゃべりを止める生徒は少なかった。
シリウス・ブラックは、どんな方法を使い、吸魂鬼の警備網をかいくぐり、ホグワーツに侵入したのか。だれもがそのことに考えを巡らせていた。ハリーは気づいた。
みんなにとっては、ブラックの侵入劇は余興のつづきに過ぎないのだ。
ハリーと一緒に、ブラックの目的を知っているロンとハーマイオニーは、憶測が飛び交う空間の中で言葉少なく、お互いの顔を見合うばかりだった。
話し合う声がほとんど聞こえなくなったのは、真夜中を過ぎたころだ。
ハリーはまだ起きていた。大広間の天井にかけられた、魔法の星空を見上げながら、ダンブルドアとスネイプのさきほどの会話を思い返している。スネイプはあきらかに、 城の内部の人間が、シリウス・ブラックを手引きしたと思っているようだった。
それにハリーは、この期に及んで、だれひとり、ハリーに本当のことを忠告してくれないことも気になった。シリウス・ブラックは、もしかすると自由に好きなところへ侵入できる力があるかもしれないのに、どうしてだれも、彼の狙いはハリーの命だと教えてくれないのだろう。
ブラックが目と鼻の先にまで来ているのに、ポッターに話さなくてよいのか、と問うスネイプに対し、ダンブルドアは、ハリーには真実を告げず、今夜まだゆっくり眠らせるように、と言っていた。夢の中は安全だ、と。
でも、とハリーは思う。眠っているだけでは、自分で戦えないではないか。

そのとき、枕の下から、足音の振動が伝わってきた。
少しずつ近づいてくる。振動が音になり、耳で把握できるようになる。
先生が巡回にきたのだろう。ハリーは目を閉じ、寝返りを打って、足音に背を向けた。
寝ている生徒を起こさないためなのか、歩調は途切れ気味だった。しばらく待っていると、足音はハリーの頭のすぐそばを、ゆっくりと通りすぎた。

「眠れないの?」

ハリーは、おそるおそる、まぶたを持ち上げる。隣で寝ているロンの寝顔が目の前にあり、わっと声をあげそうになった。
口を半開きのまま寝ているロンの向こうに、こちらに背を向けて、片ひざをついている、彼女が見えた。見回りは彼女の番だったのか。
薄暗がりのなか、瞬く天井の明かりに照らされて、白のシャツブラウスは藍色に染まっている。彼女が話しかけているだれかの寝袋と、ハリーが寝ている場所のあいだには五、六人ぶんの距離があったが、「もう大丈夫だよ」と囁きかける彼女の声は、かろうじて聞こえる。

「城中を探したけれど、どこにもいなかったよ」

ブラックのことだ。今夜のことで、怖くて眠れない子がそこにいるのかもしれない。
彼女の横顔を、ぎゅっと見つめる。髪が邪魔で、よく見えない。
彼女の声音は落ち着ついていて、上からふわりとかけられる毛布のように、やさしかった。

「ちゃんと見ているから、おやすみ……」

彼女が立ち上がる素振りを見せたので、ハリーは反射的に、目を閉じる。
もう寝よう、と思った。このまま起きていても、今夜はもうブラックは姿を現さないだろう。
「ハリーも、早くおやすみ」頭の上で彼女の声がした。
ぱち、と目を開く。身体を起こすと、彼女はきた道を引き返していくところだった。
わずかに振り向き、暗くてよく見えなかったけれど、ハリーはたしかに、目が合った気がした。
去っていく彼女の後ろ姿をずっと見ていると、目の奥にじん、と痛みが滲んだ。だれかに見られる前に寝袋の中に潜り込んだ。
目の痛みは、どんどん痛くなる。できることなら、いますぐ彼女を呼び戻して、この痛みを訴えたかった。
お腹を抱えるように背中を丸め、耐えるように身体をぎゅうっと小さくする。

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