08 ハッピーバレンタイン

「離してください! 離してください!」

首根っこを掴まれた小人が、短い手足を懸命にばたつかせ、キンキン声で喚いている。

「あなたに人の恋路を邪魔する権利はありません!」
「私がいつ、人の恋路を邪魔したの」

それを言うなら、彼ら小人がとつぜん、生徒が授業を受けている教室に乱入できる権利も、ないはずである。
「お騒がせして、すみません。失礼します」
背中に金色の翼を背負った小人を抱え、彼女はビンズ先生に向かって会釈すると、魔法史の教室をあとにしていった。
二月十四日だった。決闘クラブにつづき、ロックハートの思いつきでキューピット姿の小人がホグワーツに放たれ、午前中だけでも、ハリーがいる教室に何度も現れ、彼女に捕獲される小人はこれで三匹目だ。
「えーと?」半透明のビンズ先生が、彼女が出ていった扉に気をとられながらも、いつもよりはっとした声を出す。今年、魔法史の授業はよく中断される。
「どこまでいきましたか…」
お経のような授業が再開した。

「大変そうだね」

ほとんど夢の中にいたロンも、キューピットの襲来にすっかり目が覚めたらしい。鬱陶しそうに、小人が撒き散らしていったバレンタインカードを床に払う。
「全部で、十二匹もいるんだぜ、あのチビたち」

どこか遠くから、すっかり聞き飽きた小人たちの高らかな歌声が、聞こえてきた。


けばけばしいピンク色で装飾された大広間の魔法の空からは、とどめを刺さんと、ハート型の紙吹雪きが降ってくる。この飾り付けも彼女が手伝ったんだと思うと、ハリーは同情せずにはいられない。
そんなことを昼食をとりながら話していると、近くに座っていた双子がすっと身を乗り出してきた。

「僕らのクラスにも来たぜ」
「あれはきっと、全クラス回ってるな」
「さすがに頭に来てるみたいだった」

フレッドとジョージは、同じ仕草で、同じ顔を見合せ、なぜか面白そうに笑った。
「笑いごとなの?」ハーマイオニーがロンに訊ねている。

ふたりの言うように、彼女は捕まえても懲りない小人たちに、よほど苛ついていたのだろう。午後は変身術の授業だった。
もうじゅうぶんってくらいばらまいただろうに、今度は出目金顔の小人が乱入してきて、バレンタインのカードを撒きはじめた。
「ハッピーバレンタイン! ハッピーバレンタイン!」
マクゴナガル先生はもはや怒る気力もなさそうに、こめかみを引きつらせている。
彼女が教室に現れる。もう慣れた作業で、小人を取り押さえた。

「またあなたですか!」
「授業を邪魔するなって、何度も言ってるでしょう」
「この! この!」小脇に抱えられた小人が、彼女の白い手を掻き毟る。なにがなんでも任務を遂行する姿は、ある意味、仕事熱心なのかもしれない。
「人の恋路を邪魔するやつは、ケンタウルスに蹴られてしまえ!」
しかし彼女が、ついに痺れを切らしたのかもわからない。急に出目金顔の小人から手を離し、小さな身体が受け身を取れず、床に落ちた。「んー!」と苦しそうな声をあげた。
ハリーが身体を伸ばして見ると、小人は膝立ちになり、自分の口元を必死に引っ張っている。上唇と下唇が接着剤でくっつけたみたいに、離れないのだ。
あれでは歌うどころか、喋れもしない。
「ふんー! んんー!」
「やっと静かになった」
彼女が嬉しそうに言う。
のた打ち回っている、出目金顔の小人の近くで、床に手を置く。そのまま手を持ち上げると、床の中から引っ張ってきたかのように、鳥かごのような檻が出てきた。
小人を押し込み、素早く鍵を閉める。教室じゅうが惚れ惚れするような手際だった。

「では、これでもう大丈夫だと思うので」

小人入りのかごを揺らし、教室を出ていく。マクゴナガル先生と生徒たちで見送った背中は、いちばん颯爽としていた。

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