08 ハッピーバレンタイン

風が吹くと、思わず身体が縮こまるくらいまだ肌寒い。ホグワーツに積もった雪は、久しぶりに顔を見せた太陽によって、少しづつ水に還りはじめているようだ。
灰色の雲の切れ間から覗く空は、くっきりと青い。柔らかい日差しが零れる日も多くなった。
冬が、終わりを迎えようとしている。
冷たい雪の下で耐え抜いた、生命の息遣いを感じる。

彼女が生まれ、育った国では、梅の木がすでに鮮やかな蕾をつけているころかもしれない。細い枝に積もった雪が落ち、いつの間にかそこにいて、彼女を驚かせる赤い蕾を思い出す。
そして、桜が咲くのだろう。満開の桜の木に勝るものは、ほかにないと思う。まるで春が爆発したかのような迫力があるのだ。到底、手が届かないと圧倒されているうちに、桜の花は、崩れ落ちるいきおいで散ってしまう。
縁側にいると吹いてくる、薄紅色の花びらを見ていると、来年も花咲くとわかっていていつもさびしかった。
それでも春の桜がすきだ。
見ることはもう二度と、ないとしても。

彼女は目を開け、窓の外を見やった。からりと凍った湖の表面が、にわかに騒がしくなった。上空で雲がちぎれ、天使でも降りてきそうな陽の光線が注いでいる。
自然に囲まれたホグワーツ城からは、どこを見ても美しい。ここにいる自分や生徒たちのほうが、異質だと感じるくらい。
彼女の脳裏に、スプラウト先生のふっくらした温和な顔がよぎる。


第三号温室では、いよいよマンドレイクが乱痴気騒ぎを繰り広げるようにもなっていた。空の植木鉢が、いくつも割られている。
スプラウト先生はそれでも嬉しそうに、騒ぎの後片付けをする彼女に言った。

「マンドレイクが互いの植木鉢に入り込もうとしたら、彼らも成熟です。あなたが手伝ってくれて、助かりましたよ」

そう言われ、そのとき自分がなんと答えたのか、覚えていない。きっと曖昧な反応を返した。
彼らが反抗期に入ったころ、盗んだ荷台で温室を逃げ出すマンドレイクを探しまわったり、たしかにいろいろ大変だったが、これで石にされたまま、医務室で固まっている人たちを蘇生できる。
授業が冬休暇に入る直前、ジャスティン・フィンチと首なしニックが襲われて以来、ホグワーツは静かだ。新たな犠牲者が出ていないせいか、一時のパニック状態に比べてだいぶ雰囲気が明るくなった気がする。周りの、ハリーを見る目も少しづつ緩和しているように思う。
でも、と彼女は問う。これで本当に終わりだろうか。
秘密の部屋に関して、なにも解決はしていない。どこにあるのか、なんのために用意されたのか、彼らはどうやって石にされたのか、なにもわからないままだ。
考えを巡らしているところに、激しい足音が聞こえてきて、思考がばらばらになった。だれかが、廊下の向こうから走ってくる。胸に本のようなものを抱え、うつむき前も見ていないので、周りの生徒が危なっかしく避けていた。赤い髪が、風になびく。
ジニーだとわかったが、気づいたのは彼女のほうだけだった。相手は気づかず、そのあまりの気迫に声をかけそびれた彼女の横を駆け抜けていく。
走り去ったあと、呆気に取られた彼女の足元に、白い羽毛が舞い落ちた。


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