02 有名人たるもの

大広間で組み分けがはじまったようだ。とんがり帽子が寮の名前を叫ぶたび、沸き起こる拍手が、玄関ホールにいるスネイプにまで聞こえてきた。
くぐもっていた拍手が、ほんの隙間から外に漏れ出してきたかのように鮮明に聞こえたと思ったら、扉はすぐに閉まった。大理石の床を踏む、足音が近づいてくると、「見なくていいの」と声をかけられる。

「我輩がいなくても、歓迎会は滞りなく進行するだろう」

大理石の階段の前で立ちながらスネイプは、できるだけ簡潔に答えた。自分の隣で立ち止まった彼女へ視線を向けると、目が合って、すぐ逸らす。
逸らした先に、正面玄関の向こうに暗い校庭が広がっている。
ホールを照らす松明の明かりのせいか、あっちの薄闇はよけいに濃く見えた。

「なにか用か」

スネイプが仕方なく口を開く。彼女への警戒心からか、短い言葉も隅々まで固かった。
彼女は、なにを考えているのかまったく読めない間をとってから、「こないだ」と言葉を発する。
「ダイアゴン横丁で、ルシウス・マルフォイに会ったよ」
「そのせいか」
「え?」

彼女が自分を見上げる気配を感じたが、スネイプは前を向いたまま「おまえの元気がない理由は」と言う。
夏の終わりを感じさせる、肌寒い風が吹いていた。スネイプのマントのすそを揺らしていく。

「元気じゃないわけじゃないけど……」

彼女はまるで、言い訳を探している子どもだ。

「ちょっと苦手かもしれない」
風に紛れて聞こえてきた。

「あのひとを見て、どこぞの王子様みたいだと言っていたのは、だれだ」
「そんなこと、覚えてたの」

隣の空気がわずかにほころび、彼女がなぜか嬉しそうな笑みをこぼす。

「先輩は、女子が集まれば必ず名前が出るくらい人気だったから。あとかならず、シ……」

彼女がだれの名を挙げようとしたのか、スネイプにはわかった。
だが彼女のなかで、どんな感情が渦巻いているのかまでは、わからない。ただ、いまは、不自然な沈黙が痛々しくて、スネイプが隣の様子を窺おうとしたとき、「ハリーとロンは、まだかな」と何事もなかったように口をきいた。
そこで、彼女が手にしているのが日刊預言者新聞だと気がついた。一面にロンドンの空の写真が掲載されている、今日付けの新聞だ。
写真に、地面からタイヤを離すことに戸惑っているかのような、フォード・アングリアが映りこむ。その中古車は、空に浮かびあがると、おどおどしたまま枠の外に飛んでいき、すぐ見えなくなった。
「ハリーとロンは、汽車に乗ってなかったけれど、この車でホグワーツに向かっているようだね」
「ここは我輩に任せてもらえないか」

言いながら、舌打ちをこらえていた。口をつぐんだ彼女の視線を、再び横顔に感じる。
止んでは響く大広間の拍手が、ふたりの上空をむなしげに漂いやがて止むと、彼女がやっと「そう」と口にする。

「こういうのも、私の仕事かなと思ったんだけど」

折り畳んだ新聞がスネイプの前に差し出され、思わず受け取っている。
「じゃあ、お願いします」
彼女は大広間に戻っていった。

足音が拍手にかき消されて聞こえなくなると、そこでようやく人心地がついた。ひさしぶりに呼吸を思い出した気分だった。
どうして我輩が緊張しなくてはならないのだろう。奇妙な理不尽さを感じずには、いられない。
すでに読了済みの新聞に視線を落とす。この写真は、地上から撮ったのだろう、運転席にいる人物を映してはいない。
スネイプが顔をあげる。薄暗い夜空を、流れ星には不自然すぎる光が横切っていった。

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