21 星を読むこと
ファッジ諸共、ダンブルドアの攻撃をもろに受けたキングズリーは、まだ鈍痛が残る頭を手で支えた。床に倒されるなんて、キングズリーにとって久しくないことであった。膝をつくことさえ、この十数年なかった。
たった一撃で、ファッジやアンブリッジはともかく、闇祓いがふたりとも倒されたのだ。しかも、自分たちに後遺症はなく、全員がすぐに気がついたことを鑑みても、あれが彼の渾身の力だったとは思えない。
闇の帝王が唯一恐れる人。つい数分前、彼はその力に触れたのだ。キングズリーは血が沸るような興奮を抑え、指先の震えを、ぎゅっと握った。
校長室から逃走したダンブルドアが、いつまでもホグワーツに留まりはしないだろう。キングズリーはそう思う。が、ファッジが指示を出した以上、城内の捜索をしなくてはならない。“呪文学”の教室を教壇まで進み、杖先の青白い灯りで暗い室内を照らす。一帯に人の気配がないことを確認し、踵を返したところで、扉のほうから、「キングズリー?」と声をかけられた。
就寝時間はとうに過ぎて、真夜中になろうかというのに、昼間の格好から着替えもしていない彼女が、教室の外に立って中を覗いていた。
「なにをしているの?」
キングズリーは質問には答えず、彼女に部屋に入るように促すと、教室の扉を杖で閉めた。素直に従いはするが、彼女はキングズリーの神妙な表情から事態の深刻さを読み取ろうとするかのように、視線だけは離さなかった。
「謹慎中だと聞いているが」
「そうだよ。日中は生徒たちがいて自分の部屋から出られないから、夜にこうして抜け出しているんだよ」
「好奇心に駆られた子どもたちの視線は、遠慮を知らないだろうな」
「自分の母親を死なせて平然としている人間がいるって、怖がらせても悪いからね」
「平然と」
キングズリーが一言か二言、なにかを言う前に、「それで」と彼女が言った。
「少し前に、校長室のほうですごい音がしたから様子を見にきたんだけど、なにがあったの? どうしてキングズリーがいるの?」
「だれにも見られていないか?」
「だれにも会ってない。でも、だれに見られたら困るの?」
「ファッジだ」困りはしないかもしれないが、面倒事を避けるためには、用心深くいるべきだ。
「大臣が来ているの? なんで?」
「ハリーのグループ活動のことを、アンブリッジが嗅ぎつけたんだ」
彼女はキングズリーを見据えたまま、話の先を警戒するように腕を組んだ。「それで?」
「メンバーのひとり、マリエッタという女子生徒がアンブリッジに情報を漏らした。自ら積極的にグループを裏切ったのか、アンブリッジに脅されたのかはわからない。母親は魔法省勤めだが」
「マリエッタって?」
「知りたければ、医務室に行けばすぐにわかる。アンブリッジに、というかメンバー以外の者にグループのことを話したせいだろうが、顔の真ん中に膿んだ紫色のできもので、“密告者”という文字を現れたんだ。今ごろ、マダム・ポンフリーが診ている。ハリーも驚いていたから、別の頭のいいだれかがかけた呪いだろう」
キングズリーは続けた。「今夜、ハリーたちが会合を行うと聞いたアンブリッジは早速、現行犯で捕らえるために、ハリーたちに奇襲をかけた。運が悪いことに、アンブリッジに唯一、捕まったのがハリーだった」
正確には、アンブリッジが集めた生徒のひとり、ドラコ・マルフォイがハリーを捕まえたらしいが、そのころキングズリーは、同僚のドーリッシュと共にファッジに連れられ、校長室でダンブルドアとマクゴナガルの両人と向き合いながら、アンブリッジが成果を出すのを待っていた。
顔をしかめていた彼女が、「ハリーはどうなるの?」と訊いた。「退学?」
「いいや、ハリーは大丈夫だ」キングズリーは言った。今夜、ファッジはそのつもりでホグワーツに乗り込んで来たが、そうはならなかった。
「“ダンブルドア軍団”、だそうだ」
「え、なに?」
「ハリーが組織した、グループの名前が、“ダンブルドア軍団”だ。会合場所の“必要の部屋”からアンブリッジが持ってきた名簿の一番上に、たしかにそう書かれていた」
「ダンブルドアの名前を、なんで?」
「名付けたのは、組織の団結を高めるためだろう。だが、アンブリッジで禁止している防衛術を学ぶためのグループに、なぜダンブルドアの名を冠したのか、それは彼らにしかわからない。ダンブルドアもそこまでは知らなかったようだが、それが決定打になった」
「決定打?」彼女が首を傾ける。しかしすぐに、そしてじわじわと、「ちょっと待って」と焦りを見せた。
「ファッジはついに、ダンブルドアが魔法省に対抗する軍団を作り上げているという証拠を掴んだわけだ。明日の朝刊の一面だ」
「それは大臣の妄想でしょう? 自分の影を踏んだだけ。ハリーたちの活動に、ダンブルドアは関係ない」
「それでも、ダンブルドアはそういうことにしたんだ」
海老で鯛を釣ったファッジは、ダンブルドアをアズカバンに連行しようとした。実際、ドーリッシュをけしかけたものの、相手はあの、アルバス・ダンブルドアだ。ダンブルドアがその気にならなければ、連行などできるはずもなく、ダンブルドアからすれば、ここで捕まるわけにはいかない。ダンブルドアの決断は早かった。キングズリーを含める魔法省の陣営をあっという間に失神させ、不死鳥と共に姿を消したのだ。
「ダンブルドアがいなくなった? ホグワーツから?」
「そうだ」
「どこに行ったの?」彼女は少し声を落とした。「本部?」
「恐らくは。だが、留まることはないだろう。彼には、彼のやるべきことがあるはずだ。私にはどうすることもできなかったんだ。そんなに睨まないでくれるか」
不安なのか、落胆なのか、ならばだれに対する失望なのか、彼女はむすっとした顔を隠そうともしなかった。
「とにかく」とキングズリーは言った。もう頃合いだった。そろそろ切り上げなくては、ファッジやドーリッシュに怪しまれてしまう。「杖は? 持っているか?」
彼女は急に耳が遠くなったみたいだった。
「こんなことは、闇祓いだった人間に言いたくないんだが」
「なにを言われるか、わかってるよ」
「杖は常に携帯するべきだ」
「そうだよね」
「校内ですごい物音を聞いてきたのなら、なおさらだ。杖なしで対処できることもあるだろうが、限界はある」
「でも、ホグワーツだよ」
「きみがホグワーツにきてから数年、ここが本当の意味で安全だったことなどなかった、そうだろう? ハリーには常に闇の帝王の影がつきまとい、去年はきみ自身も危ない目に遭っている。それでも最後になんとかなってきたのはすべて、ダンブルドアがいたからだ」
キングズリーは、その大きな手を彼女の肩にそっと置いた。「母親のことは残念だったと思う」
「うん」
「だが、私たちは常に最善を尽くさなければならない。その理由は、きみにもわかるだろう?」
「まだ足りないから」と彼女は静かに答えた。「すべてを守るには」
彼女は、自分の右手を揉むようにして握っていたが、キングズリーの目をしっかりと見た。「わかってるよ、ちゃんと」
「なら、いいんだ」部屋を出ていきがてら、キングズリーは彼女の肩を叩いた。
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