16 食べ損ねたトライフル

シリウスは、屋敷がまたにぎやかになったことが、とくにハリーが戻ってきたことがうれしくてたまらない様子だった。この夏の不機嫌な家主だった面影はなく、みんながホグワーツでのクリスマスに負けないぐらい楽しく過ごせるようにしようと、決意したかのようだった。
クリスマスを目指し、みんなに手伝わせて掃除をしたり、飾りつけをしたりと、疲れも見せずに働いた。

リーマスは、マンダンガスが手に入れてきた、ブラック家の家系図を覆い隠すほど大きなクリスマスツリーに、本物の妖精が飾りつけながら、部屋に閉じこもっていたハリーをどうやって説得して連れ出したのか、ハーマイオニーにこっそり訊ねた。
「リーマス! 飾りが一箇所に偏らないように、ちゃんとバランスを見ながらやってくれよ」部屋の前を通り過ぎながら、シリウスが大声で言ってくる。開けっ放しにしている扉のほうをリーマスが振り向いたときには、廊下の奥へ遠ざかっていくクリスマス・ソングの歌声が聞こえるだけだった。
「ハリーは忘れちゃったみたいだから、ジニーに教えてあげてって言ったの」
ツリーの反対側を飾りつけていたハーマイオニーが、もみの木の枝を手で避けながら顔を見せると、同じ部屋にいるジニーに目をやった。こっちはテーブルに齧りついて、ひとつずつ内職のようにヒイラギの花飾りを作っている。
「“例のあの人”に取り憑かれると、どういう感じなのか、教えてあげられるのは私だけだもの」なんでもないことのように、ジニーが言う。
「そう」ハーマイオニーが続きを受け取る。「私たち、ハリーも一緒にみんなでね、あの夜のことをひとつずつ検討していったの。ちゃんと話し合えば、自分が蛇じゃなかったんだって、ハリーも納得したわ」
「思い出すのはつらかっただろう」
気遣わしげなリーマスを見て、ジニーはなぜか目を丸くしたが、「私は平気よ」とすぐにあっけらかんとした笑みに変わった。
男兄弟に囲まれ、男勝りな子だと思ってはいたが、それとはちがう、ジニーだけが持ち合わせている頼もしさがあった。
「リーマス!」シリウスの吠えるような声と共に、慌ただしい足音が今度は部屋の中に飛び込んできた。
「わかってるよ、シリウス。飾りつけはバランスよく、だろ」
「ねえ、シリウス」手に持っていたヒイラギを指で弾きながら、ジニーがうんざりした声を出す。ジニーが作った花飾りは、今やテーブルの上から溢れそうになっている。
「こんな大量に花飾りを作って、なにに使うの?」
「言ったはずだろう、ジニー。それはシャンデリア用だよ。金のモールと一緒に飾ったら、華やかになるぞ」
呆れたように目をくるりと回すジニーを無視して、シリウスは切羽詰まった様相でリーマスに向き直った。
「ハリーへのプレゼントは? ちゃんと準備できてるのか?」
「きみに言われたとおりのものを、用意したよ。包装も済ませてある」
「なにを贈るの?」ハーマイオニーがわくわくして訊いてくる。
「闇の魔術に対する防衛術の全集本だよ。動くカラーイラストもついていて、わかりやすいと思う」
「へえ、面白そう」花飾りを作るのをすっかりやめたジニーは、お喋りモードになって身体を乗り出している。「ハリー、私にも読ませてくれるかしら」
シリウスの反応がないので、顔をあげると、神妙な顔でリーマスのことをじっと見ていた。「ハリーは本当に喜ぶよな?」
「包装したあとに言うのかい、それ」
「絶対に喜ぶわよ、シリウス」
ハーマイオニーの物言いは、シリウスの機嫌を損ねたくない、あの夏の家主には会いたくない一心で出たのではなく、ハリーは本を気に入ると、確信しているようだった。「アンブリッジがきてから、ホグワーツの図書館で防衛術の本は禁書扱いだし、いまのハリーに、とっても必要なものよ」
「そうだろ、そうだよな」
この贈り物がきっと、彼らの防衛術グループの役に立つと信じていたシリウスは、二回りも年下の女の子たちに励まされ、すっかり自信を取り戻したらしい。杖の先から金のモールを取り出し、リーマスの肩にそれを引っ掛けると、鼻歌混じりで自分の持ち場に戻って行く。シリウスのあの調子がいつまで続くのか、リーマスは不安だった。
どんな物事も、始まれば終わりがくるように、クリスマスが過ぎれば子どもたちはホグワーツへ帰っていく。シリウスが盛り上がれば盛り上がるほど、そのときの落ち込みもひどくなるのではないだろうか。
シリウスがいなくなり、ハーマイオニーとジニーが、なにやら目配せをしている。真面目に飾りつけをしているのは、もはやリーマスだけのようだ。
「そういえば、ねえ、リーマス」ハーマイオニーが少し声を落とし、しかし至って雑談を装った話し方をする。
「リーマスは付き合ってる相手とかいるの?」
「私は狼人間だよ、ハーマイオニー。ここでの待遇だけを見てると気づかないかもしれないけど、世間の風当たりはまだまだ冷たいんだ」
「つまり、いないのね?」絶対の確証が欲しいのか、ジニーが問い詰めてくる。リーマスが軽く肩をすくめると、ふたりして色めき立った。
「世間の風当たりって、それはリーマスのことをよく知らない人たちのことでしょう? 私たちはみんな、リーマスのことが好きよ。優しいし、授業は面白かったし」
「ありがとう、ジニー」リーマスが止めなければ、ジニーはまだ指折りを続けそうだった。
「リーマスと付き合いたいって思ってる人もいると思うわ」随分と含みのある言い方をする。
「その人は自殺願望もあるんだろうね」と、水を差すようなことは言えなかった。彼女たちは、社会的な死など愛し合うふたりがいれば乗り越えられると信じがちな年頃だし、その夢を否定するのは、クリスマスに相応しくない。
「さてと」リーマスは肩の金のモールを掴み、立ち上がった。「私はこっちを飾りつけてくる。あとは頼んだよ」
「えー、待ってよまだ」ジニーが名残惜しそうに手を伸ばす。同時に、「待って、リーマス」というハーマイオニーの声には、思わず足を止める緊張感があった。
「どうした?」
「私たちって、ホグワーツに帰るときは、どうするの? また騎士バスに乗るの?」
「ああ、ハーマイオニーは騎士バスでここまで来たんだったね」ハーマイオニーが、こくりとうなずく。
「そのつもりだよ。騎士バスに乗って、私とトンクスがきみたちをホグワーツの校庭まで送る予定だ」
「トンクスと?」足を小さくばたつかせ、ジニーがはしゃぐ。
単純に、ジニーはトンクスに懐いているようだし、つい先程までの会話とは何ら関係なく、一緒にバスに乗れることが嬉しいのかもしれないが、そう思い込むには、グリモールド・プレイスでリーマスと話すときに向けられる、トンクスの視線には、熱を帯びすぎているような気がしてならない。
「もし、できればなんだけど、酔い止めの薬を用意しておいてくれないかしら」ハーマイオニーは切実そうに言った。すでに気分が悪そうだ。「私、自分で思っていたより、乗り物に強くないみたいなの」

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