16 食べ損ねたトライフル

アーサーの入院は、蛇の特殊な毒のせいで傷口が塞がらず長引いていたが、スメスウィック癒師が解毒剤を発見してからは、あっという間に治療が進み、クリスマス休暇の最終日、アーサーはグリモールド・プレイスに帰ってこられることになった。
その日の晩餐は、アーサーの快気祝いにマンダンガスとムーディも駆けつけ、楽しいものだった。解毒剤が見つかるまで、暇と好奇心を持て余していたアーサーから、若い癒師とマグル医療を試したという話を聞きながら、リーマスはもう何度目になるかわからないが、シリウスの様子をちらりと窺った。
クリスマスが終わった反動で、急激に元気をなくしていたシリウスは、子どもたちがホグワーツへ出発する日が近づいてくるにつれ、ますます不機嫌を募らせていた。無口で気難しくなり、一日のほとんどをバックビークの部屋で過ごしていたので、この場に出席していることが不思議なくらいである。
フレッドやジョージの冗談に合わせて、無理に声を上げて笑ったり、みんなに食事を勧めたりしているとき以外は、むっつりと考え込むような表情のまま、物思いに耽っている。そんなシリウスを気にしているのはリーマスだけではなかった。ハリーも、モリーの腕によりをかけたトライフルのデザートにも手をつけず、マンダンガスとムーディ越しに、シリウスを盗み見している。
お祝いが終わったあと、久しぶりに帰ってきた夫とゆっくり過ごせるように、リーマスはモリーから後片付けを引き継いだついでに、ハリーをそばに呼んだ。幸せいっぱいという顔で、ウィーズリー一家をはじめ、みんながマンダンガスとムーディを見送るために食堂を出て行く。シリウスの姿はすでにどこにもなかった。
シリウスとなにかあったのかと訊ねると、ハリーはきょうの午後、スネイプがグリモールド・プレイスへハリーを訪ねにきて、来学期から“閉心術”を学ぶために彼の個人授業を受けることになった経緯を話してくれた。

「シリウスとスネイプを同席させたのかい?」
「僕が食堂に下りてきたときには、ふたりともいたんだ」ハリーが憂鬱なため息を吐く。
「スネイプがシリウスを挑発したんだ。シリウスがダンブルドアに言われたとおり、グリモールド・プレイスに留まっているからって、臆病者だなんて思う人はだれもいないのに」
きっと瞬く間に杖を取り出し、お互いを威嚇し合ったのだろう。居合わせたハリーが気の毒でしかない。
「僕、スネイプの言葉なんか気にするなってシリウスに伝えたいんだけど、あのシリウスを見ていると、あえてそう言うことがいいのかどうか、わからない」
リーマスが洗い終わった皿の水気を布巾で拭いながら、ハリーが落ち込む。手付かずのデザートをどうするか訊ねても、返事がない。
「でもさ」ぱっと顔を上げたかと思うと、この世の終わりにみたいにしょげきった表情を浮かべていた。「なんで僕が、閉心術とやらを学ばないといけないんだろう」
「ダンブルドアがそうするのがいいと考えたからだろう」
「だったら、ダンブルドアが教えてくれたらいいのに。リーマスが教えてくれてもいいだろ。僕に守護霊を訓練してくれたし、なんで」
ハリーは、午後からずっと胸で膨張を続けている不安とおぞましさを、一気に吐き出すかのように言った。「なんで、スネイプなの? 僕になにかを学ばせたいなら、先生役にスネイプはこの世界で一番、適任じゃないよ」
「きみがスネイプを嫌っているのは知っているけど、彼は優秀な“閉心術士”なんだ。身を護るためにも、頑張らないといけないよ」
「僕は頑張るよ。スネイプがどうかは知らないけど」
しばらくハリーは黙り込んで、手は皿を拭きながら、スネイプの個人授業がどれほど惨めで悲劇的なものなのか、想像を巡らせているようだった。

「そういえば、クリーチャーが見つかったんだって?」
「屋根裏部屋に隠れていたのを、シリウスが見つけたって言ってた。そこでまたブラック家の形見を探してたんだろうって」
「そうか」
「リーマス」片付いた食堂を一緒に出たあと、ハリーが階段の途中で足を止めた。後ろにいたリーマスも、階段を上るのをやめる。
「僕が頼んだら、シリウスおじさんはここに住まわしてくれるかな」
「ホグワーツに帰りたくないのかい?」
「僕たちがいない間に、アンブリッジは教育令を十か条以上、追加しているだろうし、クィディッチも禁じられていて出来ない。OWLが近づいているから、宿題の量もまだまだ増えるだろうし。そりゃあ、帰りたくなるよね」
「ホグワーツが一番、安全なんだよ、ハリー」励まそうとリーマスが彼の肩に手を置くより先に、ハリーが振り向いた。

「僕が帰ったあとも、シリウスを見張っててくれる? この家から出さないで、危険なことは絶対に、させないで」

一階のガスランプの灯りで輪郭が縁取られ、表情は影になっていたが、母親譲りの瞳が雨に打たれる子犬ように心細げに濡れているのはわかった。シリウスの気持ちを考えれば、こんなことは本当は頼みたくないだろうに、ハリーの眼差しは真剣である。「スネイプに臆病者呼ばわりされて、シリウスがなにか無鉄砲な計画を立てるんじゃないかって、心配なんだ」
「シリウスから目を離さないよ」リーマスは、ハリーの両肩を掴み、顔を覗き込んだ。「シリウスがバカな計画を立てる前に、きみは一日も早く閉心術を習得して、おじさんを安心させてあげるんだ、いいね?」


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -