12 蛇の目

彼女が耳のそばで二度、名前を呼んでも、ジニーは起きなかった。片手で肩を揺すり、そのあいだにもう一方の手で、ジニーのトランクの上に畳んである、制服のローブを呼び寄せる。
「ん、なに……」
目を擦りながら、起き出したジニーの肩にローブをかけると、同室の子たちを起こさぬように、彼女は声を潜めたまま言った。
「フレッドとジョージも呼んでくるから、これを着て、先に談話室に行ってて」
「なに、どうしたの」とさきほどよりはっきりと戸惑うジニーを置いて、部屋を出た。
男子寮の構造は、女子寮と対になっているらしかった。こんなときでなければ新鮮に感じたかもしれない。
同じ寝室、隣同士のベッドで、フレッドとジョージは眠っていた。
満ち足りた寝顔と、のびのびした寝相のひどさに一瞬、罪悪感のようなものを覚える。そこまで無防備に、熟睡し、朝まで身を任せられるのは、この世界を信頼しているからこそできるのではないか、と思ったのだ。彼らは当たり前のように、明日もきょうと同じような日々を繰り返すと思っていたはずだ。
少し肩を揺するくらいでは、まるで反応がなく、ベッドから剥がすようにして、引っ張り起こす。やっと目を覚ましても、彼女が男子寮に侵入している点に気づかぬほど寝惚けており、焦れったい。脱ぎっぱなしのまま、ベッドにかけてあったローブを、それぞれに押しつけて、呑気に欠伸をしているふたりを部屋の外へと押し込んだ。
談話室では、不安そうに両腕を抱いたジニーがソファーにも座らず、立って待っていた。

「まだ夜中よ。こんな時間に、どうしたの? なにがあったの?」
「いまから、校長室に行くから」歩きながら話そう、と告げ、彼女は支えていた双子から手を離し、談話室を横切った。

「僕らの商売が、ダンブルドアにバレたとか?」フレッドが寝巻きの裾から手を入れ、胸のあたりを掻いて言う。
「だとしても、妹は関係ないだろう? なんでジニーまで呼ぶんだ」ジョージは、ジニーの肩を心配そうに抱いている。
後ろからついてくる彼らを確認しつつ、彼女は歩調を速めた。

「ハリーが、ウィーズリーさんの怪我をするところを見たんだって」

深夜のホグワーツは静まり返り、いつになく居心地が悪かった。寒々しく、すきま風のせいか、廊下なのに城の外の一部のように感じる。どこか扉を閉め忘れているのではないか、そこから夜の暗闇がホグワーツ城を侵食しているのではないか、と不安になってしまう。

「パパが? 怪我?」ジニーが青ざめ、怯えた調子で口にした。
「怪我って、なんだい」悪い冗談ならやめてくれ、とフレッドは迷惑そうに顔を歪める。
ジョージが神妙な声で、「そんなに悪い怪我なのか?」と詰問してくる。
「あんまりよくないと思う」としか彼女は答えられなかった。

彼女にもよくわからない。校長室でダンブルドアと話しているところに突然、血相を変えたマクゴナガル先生が、顔色の悪いハリーと怯えたロンを連れてきたのだ。
ハリーの話を聞くなり、ダンブルドアが早急に手を打ったので、ウィーズリー氏はいまごろ、聖マンゴに運び込まれているはずだが。命は無事だと、彼女も信じたかった。

数時間前、彼女はホグワーツの八階にいた。
“必要の部屋”を見つけるのには苦労しなかった。ドビーにあらかじめ、部屋の場所と行き方を聞いていたからだ。
彼女は広々とした部屋を見渡す。地下牢教室のように窓がなく、揺らめく松明で照らされた壁際には、木製の棚があった。上から下まで革張りの学術書が詰まっている。「呪われた人のための呪い」「自己防衛呪文学」と図書館にあればアンブリッジ先生曰く、禁書に該当するであろう、背表紙が並んでいる。
一番奥の棚にも目を向けると、そこには、「かくれん防止器」や、「秘密発見器」が置いてある。ひびの入った、「敵鏡」もだ。
ドビーの証言と、実際にここまで確認すれば彼女にも、ハリーたちがこの部屋でなにをしているのか、さすがに想像がついた。
部屋を出る前に、ふと気配を感じて、上を見る。天井の柱からヤドリギの葉が枝を絡めて頭上近くまで垂れていた。
クリスマスの飾りつけなのだろうか。ただ可哀想なことに、幸福をもたらすはずのそれは、どうやら枯れてしまっているようだった。

部屋のものには一切触れず、彼女は廊下に出た。真鍮の取っ手から手を離したとたん、月明かりで輝くほど磨かれた扉は、石壁に沈んでいくように消え、跡形もなくなる。便利な部屋だな、と心の中で呟いた。
かといって、アンブリッジ先生をいつまでも欺いていられる保証はない。

ダンブルドアを見かけたのは、自分の部屋に戻る途中だった。吹き抜けのホールに出て、動く階段が繋がるのを待っていると、階下のほうで人影が揺れた気がして、彼女は身を乗り出した。「ダンブルドア……?」
三階の踊り場で扉が閉まる音がして、ホールに反響する。地上から吹いてくる、冷たい風が彼女の髪を後方に払い、煽っていた。
本当は大声で呼び止めたかった。が、ここで彼女がダンブルドアに届くような声をあげれば、ホールの壁にかけられた絵画たちを軒並み起こしてしまう。石造りの階段が身を削るような音を立てて、ゆっくりと踊り場に近づいてくるのを横目に、彼女は自分の足元を覗き込んだ。
一階層下の階段が、彼女の下を通り過ぎていこうとしている。タイミングを見誤れば、目が眩むような高さから地上階まで落ちていき、床に叩きつけられるのは必至だ。
見定め、手すりから飛び移る寸前、以前クィディッチ競技場でスネイプに、「二度と観客席から飛び降りるな」と言われたことを思い出した。あれはきっと、観客席にかかわらず、高いところから飛び降りるな、という意味合いなのかもしれないが、迷っている暇はなかった。
一飛びすれば、あとは最短距離を選び、よく跳ねるボールのように移動中の階段を移り飛んでいく。筋肉をバネにして、階下へと、三階を目指す。
ダンブルドアを見かけた踊り場に着地した。勢いに任せて扉の取っ手を掴み、捻る。手前に引っ張ったところで彼女は、わ、と情けない声を上げてしまった。慌てて、自分の口に手を当てる。
とっくに行き過ぎたと思っていたら、寝巻き姿にローブを羽織ったダンブルドアが、目の前に立っていた。「お主に呼ばれた気がしてのう」とにっこりと微笑んでいる。

「こんなところで、なにをしてらしたんですか」心臓が激しく脈打っていたが、身体を動かしたせいなのか、ダンブルドアの現れ方に驚いたためなのかわからない。
ダンブルドアの手には、大きなマグカップが握られていた。厨房で淹れてきたばかりなのか、湯気が立ち上っている。
「考え事ですか?」
ほっとするような甘いココアの香りにつられて、何年か前にダンブルドアが、「考えることが多いと、甘いものが欲しくなるじゃろう」と言っていた言葉が頭をよぎった。

「わしに御用かな?」
「あの」彼女はぎくりとして、口ごもる。緊張して、視線のやり場にも困った。
「少し、話ができればと思いまして……」

話がしたくて追いかけてきたのは事実だったけども、半ば駄目元であったし、時刻を考えれば、非常識な振る舞いだと言わざるを得ない。時計があるわけではないので、正確なところはわからないが、あと数時間もすれば日付が変わるだろう。
断られるか、日を改めるように言われると思ったが、「校長室でかまわないかね」とダンブルドアは言った。
「え」
「ここは冷えるからのう」
眉を下げ、目尻にしわを作り、ダンブルドアが微笑みかけてくる。「お主は、わしに聞きたいことが山ほどあるはずじゃ」

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