10 ライオンと蛇

暖炉の前の肘掛け椅子で泥酔している、ウィンキーと、床に転がっている大量の空き瓶を見て、彼女は唸った。
「増えてるね、量が」
ドビーは肩を落とし、代わりに答えた。「最近、少し、はい……」
「一本、貰っていい?」
椅子の肘掛けに、ボロ雑巾のように寄りかかって、苦しげな姿勢で眠っているウィンキーに彼女が声をかける。律儀に確認するものの、返事は最初から期待していないようで、一方的に、「ありがとう」と言うと、ケースから未開封のバタービールを持ち上げた。

彼女が厨房に現れたのは、一日の後片付けを終えたホグワーツのしもべ妖精たちが、各々の寝床に潜り込んでいくような夜も更けた時間だった。
ここにはもう、ビールも、りんご酒も、各種アルコールは一本も残ってないのだ、とドビーが告げると、彼女は落胆より、驚きを露わにした。

「なんで? あんなに、あったのに」
「近頃、先生方がまとめてご所望されまして……」
「先生たちが?」
「フリットウィック先生をはじめ」「うん」
「スプラウト先生や」「うん」
「マクゴナガル先生もほとんど持っていかれて」
「マクゴナガル先生もかあ」彼女が感嘆にも似た、間延びした声を出す。
「ほかの先生たちも、アンブリッジ先生の査察に参っているんだね」

それからドビーは、占い学の先生のことも彼女に話した。中でもトレローニー先生は重症で、ここのところ、ろくに食事も摂らず、シェリー酒ばかりを要望してくるのだ。

「トレローニー先生は、査察の結果を受け取ったんだと思う」

飲んでいるのは正真正銘、バタービールだったが、ほかのなにか苦いものだったみたいに、彼女は悲しげな顔をした。「よくない結果だったから。今度、様子を見に行ってみるよ」

先生たちだけではない。じわじわと広がっていた、アンブリッジへの不信感は、新たな教育令とそれに基づく告示がされて以来、一気にホグワーツ全体を揺るがしていた。
ドビーも夜中、グリフィンドール塔の掃除をしている際、その告示が談話室の掲示板に出ているのを見た。難しくて読めない単語が多かったので、文字を読むのが得意な、年配のしもべ妖精に見せるために、それを丸写して持ち帰った。ドビーよりずっと年上で、ホグワーツの勤務歴も長い彼は、厨房より上で起こっていることには関わりたくないらしく、あまり気乗りしない様子だったが、頼み込んだら、ドビーのメモを手にとってくれた。
ささくれの目立つ指で単語を追い、ぶつぶつと呟きながら、解読をはじめ、すべて読み終えるまで、かなり時間がかかった。

「“学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは、ここにすべて解散される”だとさ」
「それだけですか?」
「まぁ、あとは、再結成には、アンブリッジ先生の許可が必要だとか。これに違反して、勝手にグループを結成したら、退校になるとか」
「ハリー・ポッターはクィディッチの選手です」ドビーは思い出したように呟く。「クィディッチが大好きなのです! これには、クィディッチのチームも含まれるのですか?」ハリーから、彼の大好きなものが奪われるのでないか、と心配だった。
「わたしにゃ、わからんよ」年上のしもべ妖精は、邪険そうにドビーを払う。「でも、まぁ、あれだけ子どもたちが慌てていたんだから、クィディッチも含まれているんだろうね」と無関心そうに言った。

我が物顔で城内を闊歩する、アンブリッジのことを思い出す。
いまでは、常にクリップボードを小脇に抱えていて、廊下ですれ違うようなことがあると、生徒たちはどんなに面白い話の途中でも、顔をうつむかせ、アンブリッジと目を合わさないようにしているのだ。
「あんまり首を突っ込むんじゃないよ、ドビー」年上のしもべ妖精は、ドビーに向かってメモを返すと、警告めいた言い方をした。
「あんたは、自分のことを自由なしもべ妖精だっていうけどね、わたしたちは、生まれたときからただ、魔法使いにこき使われて、身体が動かなくなったら見捨てられて、死んでいくだけの運命なんだ」
ドビーが反論すると、彼は暗い目をさらに落ち窪ませて、言ってきた。「恨むなら、しもべ妖精に生まれついたことを恨むんだよ」と。

「お嬢様」

そのバタービールを飲みきるまでは、ウィンキーの椅子を背もたれにして、立ち上がる気配のない彼女を、見上げる。
「ドビーめは、お嬢様にお願いしたいことがございます」
「うん?」
「実は、新学期がはじまってからずっと、グリフィンドール塔には毎晩のように、手編みの帽子が隠すように落ちているのです」
「それ、私も気になってた」彼女が、瓶を持つ手から人差し指を立て、ドビーの頭を差す。
ドビーのこうもりのような耳のあいだには、その、例のニット帽が一メートルくらいの高さまで積んであった。上段のものほど、出来がよく、上手に編めている。
「どんどん上達してるね」と彼女も感心している。

「そんなことをするのは、ハーマイオニーしかいないかな。みんなをドビーみたいに、解放したいんだと思うよ」
「しもべ妖精たちはみんな、侮辱された、と怒って、もうグリフィンドール塔を掃除をするのも嫌がっております、はい。ドビーめがひとりで掃除しているのです」
「ハーマイオニーに、止めるように言ったほうがいい?」

ドビーは、首を伸ばし、哀願するように、うんうん、とうなづく。「お気持ちはありがたいのですが、このやり方はあまり効果がないのです、はい。逆効果なのです」
言ったら、ハーマイオニーは怒ると思うけど、と彼女は首の後ろに手を当てる。それでも、「見かけたら一応、声をかけてみるよ」と約束してくれた。
バタービールはあと少しで飲み干せそうだった。が、絡みつくような濃厚な甘さに、彼女は苦戦している。
ドビーはピン、ときて、声をあげた。

「どうしてもお酒が必要なら、お嬢様の前にも、あの部屋が現れるかもしれません」
「部屋?」
「ハリー・ポッターにも、怪我の治ったふくろうをグラブリー・プランク先生の代わりにお返しに行ったとき、ドビーめがお教えしたら、大変喜んでくださいました!」
「ヘドウィグの怪我、ちゃんと治ったんだ」彼女が胸を撫で下ろす。「それで、部屋って?」
「本当に必要なときにだけ、現れる部屋でございます。それが現れるときには、求めるひとのほしいものが、いつでも備わっているのです。ドビーめも、ウィンキーを介抱するときに使いました、はい」
「なるほど」彼女は、バタービールの最後の一口をのどに流し込んだ。
「お嬢様にも、部屋の場所と行き方をお教えします! そしたらきっと、世界中のビールもワインもなんでも、揃っているはずなのです!」
「そこまでじゃないから、私はいいよ」と苦笑を浮かべる。
でも、と彼女は空き瓶を床に置くと、新しい瓶に手を伸ばした。ふたを開け、ドビーを見る。

「でも、なんでハリーがその部屋のことを聞いて、喜んでいたのか、もう少し聞かせてくれるかな」

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