09 ホグワーツ高等尋問官

マンダンガスは、汚れた手のうちの人差し指と中指を立てて、自分の両目を差した。「おれァは、こン目で、しかと見たんだぜ?」
つぎは親指を出し、耳に向ける。
「耳だって、まだ悪くなっちゃいねェ」
そう言って、向かいの席から唾を飛ばしてくる。シリウスはテーブルから少し、身体を引いた。

数分前、グリモールド・プレイスの屋敷に、マンダンガスが立ち寄った。妙に機嫌がよく、商売のほうがうまくいっているのだろうと思っていると、シリウスと、その日屋敷にいたモリーを厨房に集め、「きょうは、報告にきたンだ」とホグズミードのホッグズ・ヘッドで見聞きしたことを話し始めた。
「本当か?」話を終えたマンダンガスに、シリウスはまず、訊ねた。「おまえの戯言なら、付き合わないぞ」
「おれァは、こン目で、しかと見たんだぜ? 耳だって、まだ悪くなっちゃいねェ」
疑いの眼差しに晒され、マンダンガスは慌てた。モリーやシリウスが、自分を見直してくれると期待していたのだろう。今回はさ、びったしくっついてよう、ちゃんとアリーから目を離さなかったンだよう、と必死に自分を売り込んだ。

「アリーじゃない、ハリーだ」
「だから、そう言ってるだろ? アリーって」
「そもそもおまえは、あの店に入れないはずだが」
「ンだ、やばい取引をしすぎちまってなァ」
マンダンガスが赤茶けた、くしゃくしゃの髪を掻く。テーブルに落ちたフケを、モリーが険しい目で見ているのに気づき、急いで床に払った。
「だから、おれァ、魔女に化けて、ついてったわけでさァ。アリーと、あとのふたりだろ、それからドヤドヤと人が増えて、全部で三十人くらいになったかなァ」
モリーのほうに顔を向け、「モリーんとこの、双子もいたなァ」と歯を見せた。
「そこでハリーは、防衛術グループを結成すると言ったのか?」シリウスが訊く。
「うン、うン。まァ、正確にゃ、発案者はあの子だわ」
ほれ、なんて名だっけ、とマンダンガスは唸りながら、自分の首の周りで、手をひらひらさせた。「栗毛色の、こんな髪の、アー、アーなんとか……」
「ハーマイオニー?」
シリウスが助け舟を出すと、「そう、そう、その子だ」とマンダンガスは嬉しそうに手を叩く。
「あの子が、アリーを焚きつけたみたいだったなァ、どうも」
シリウスは意外な展開だった。どちらかというまでもなく、ハーマイオニーは、ハリーの暴走を止める側だと思っていたからだ。同時に、マンダンガスの話に真実味が帯び、シリウスは唾が飛んでくる恐れも忘れて、彼のほうに身体を傾けた。「ダンク、それで? ハリーは防衛術グループを結成して、どうするって?」
そのとき厨房で、バン、と音が弾けた。
「馬鹿げているわ!」
シリウスもマンダンガスも、びくっと身体が跳ねた。すっかり存在を忘れていたモリーが、テーブルに手をつき、こちらを睨んでいる。
「う、うン、ごめンよ、モリー」モリーの凄味に負けて、わけもわからずマンダンガスは謝った。

「そんな違法なグループ、私は認めないわ。あの子たちの将来がめちゃくちゃになるのよ」テーブルの上で、モリーが両手に拳を握る。あまりの怒りに、熱湯を浴びせられたかの如く、顔まで赤くなっていた。
「あー、でも、おれァ、見たことを報告してるだけで……」
「モリーは、きみに怒ってるわけじゃない、ダンク」シリウスは力が抜け、どさ、と椅子にもたれた。自分の中で輝きだしたなにかが、急速に搾り取られていくのを感じる。
「いったい、あの子たちは、ほんとうに、まったく、なにを考えているの」
「ダンクが言ったとおりでしょう、ハリーたちは、魔法省の教育方針に危機を感じて、防衛術を自習しようとしている」
「防衛術を学ぶ時間は、もっとあとでたくさんとれるわ」
シリウスの口から乾いた笑いが漏れた。
いま、まさにこの瞬間も、ヴォルデモートはハリーを破滅させる機会を窺っているはずだ。みすみす殺されたあとなら、そりゃあ時間もたっぷりあるでしょうね、と言いたいのを我慢する。

「彼女は?」マンダンガスに噛みつくような勢いで、モリーが訊いた。
「子どもたちを止めさせなきゃ。彼女は、なにをしているの?」
マンダンガスは萎縮しながらも、首を横に振る。「いンやァ、そこまではわかンねェよ、おれァ……」
「彼女はいま、アンブリッジの助手をしているそうだ。ハリーが手紙で、私に知らせてくれた」
「助手? なんで? いえ、いまはそんなこといいわ。私も手紙を」
「それはやめておいたほうがいい」シリウスはきっぱりと断った。
先日、ハリーから届いた手紙は、直接的な表現を一切避けていた。読むのがシリウスだから、理解できる内容だった。
途中で手紙が行方不明になる恐れもあるが、アンブリッジがふくろうを見張ってる可能性も大きい。いまのモリーでは、伝えたいことを遠回しに手紙にしたためるのは不可能だろう。

「こないだ、ハリーたちと暖炉越しに話したって言ってたわね、シリウス」

モリーは、シリウスに睨みを利かせてきた。心配と焦りを落ち着かせようと、必死に努めている。またいつモリーが爆発するかわからず、あぁ、と慎重に答える。

「ということは、煙突網は、安全なのよね?」
「と、思いますね」

手紙を読んだ限り、学校でのハリーの立場は、やはりというべきか、あまり幸せなものではないらしい。アンブリッジのことを、シリウスの母親のように素敵なひとだと揶揄したり、傷跡が痛むことなどが書かれてあった。
手紙の返信ではなく、煙突飛行ネットワークを使ったのは、直接話を聞いて、少しでも気を晴らしてあげたかったからだ。
そこで、シリウスに向かって、不満に思っていることを話してほしい、と言っていた彼女を思い出した。
あのとき、私はなんて言い返しただろうか。

「なら、私が言ったことを、あの子たちに伝言してちょうだい。できるだけ早く、今夜にでも」
「ご自分で伝えたほうがいいと思うが」
「私はだめよ。今夜は、当番だもの」モリーは自分の口から伝えられないことが、もどかしいのか、シリウスに頼み事をするのが不本意なのか、悔しそうに言った。
「でも、シリウス、お願いだから、あの子たちをけしかけるようなことは、絶対に言わないで」と懇願もした。

「シリウスさンも、モリーに賛成かい」モリーが厨房の奥に引っ込んだあと、マンダンガスがそっと囁いてきた。
「とんでもない。ダンク、紙とペン、ないか? ハリーに待ち合わせの日時を知らせる」
ほいきた、とマンダンガスはコートのポケットに手を入れた。コインやガラクタを取り出したあと、くしゃくしゃの小さな紙くずと、インクのきれかけたペンが出てきた。
「ありがとう、これでじゅうぶんだ。私は、ハリーに大賛成だよ」
「ホッグズ・ヘッドでよう、最後に、アリーはみンなのまえで、演説したンだ。なンか、いいこと言ってたなァ。みーンな、ぽーっとしてアリーを見ててよう」
そのときのハリーを思い出し、感心した様子で、マンダンガスが何度もうなづく。
それでこそ、ジェームズの息子だ、とシリウスは誇らしかった。
ジェームズだってこうしたはずなのだ。不死鳥の騎士団に入団できなかったら、きっと自分で自衛団を結成したことだろう。

「それで、ハリーはなんて言ってたんだ?」

ハリーはグループの筆頭に立ち、戦うことを決心した、もう立派な大人の男だ、と期待して訊ねると、「いンやァ」と耳の中に小指を突っ込み、マンダンガスは笑った。
「おれにゃ、小難しくって、そいつァ忘れちまったよ」
おまえの悪いところは目でも、耳でもなく、そういうところだよ、と言ってやりたくなる。

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