09 ホグワーツ高等尋問官

先週、ホグズミードに行ったとき、パンジーはいかにも女の子向けの雑貨店に入りたがった。通りから店内を覗いたところ、当然、女の子の姿しかなかったので、ドラコはそこに足を踏み入れるのを断った。むしろ店側が、男子の入店をお断りするべきだ、と。
「じゃあ、マダム・パディフットのお店に一緒に行ってくれるなら、ここは寄らないわ」パンジーが口を尖らせる。
「そんな店、知らないけど、まだそっちのほうがマシだ」
そうかしら、とパンジーはくすくす笑う。「小さな喫茶店なの。カップルの穴場で、そこではみんな、ひとつの飲み物を二本のストローで飲むのよ」と言った。
そんな気色悪い場所がこの世にあるのか、と想像しただけで顔が歪むドラコを見て、パンジーは軽やかに、目の前の雑貨店へ入っていった。

店の規模は思っていた以上に小さく、フリルやリボンで飾り立てられた棚という棚が、わずかな隙間を残して並んでいる。狭い通路を、パンジーは商品を物色しながら、慣れた様子で進んでいく。
ドラコも手を引かれてついて行ったが、人を避けるだけで棚に身体をぶつけるし、知らない女の子の結った髪が顔に当たるしで、もとから気が進まなかったものの、すぐに嫌気がさした。母上の買い物に、店の中までついていかない父上の気持ちがいまよくわかりました、と心の中で父親に同調する。
そこでふと目についたのが、一輪挿しの小さな花瓶だった。テーブルの隅に置いても邪魔にならないような、あくまで花を際立たせるための、質素な造りがドラコの興味を引いた。欲張らず、一輪挿し、というのも、らしくて好感が持てる。
「パンジー、これはどうだ?」
手をやや強引に引っ張り返す。しかし、ドラコがもう片方の手に持った花瓶を一目見るなりパンジーは、「そんなの地味よ」とけんもほろろに顔をしかめた。
それからというもの、周りの女の子に混じって店内をよく見てみると、いくつかだけ気になる商品が、首飾りや、硝子細工の置物の棚にもあった。そのたびにパンジーを引き止めたのだが、首を横に振るばかりで、しまいには、本当にこの店に入りたかったのか、と信じ難くなる。
「気を悪くしないでね、ドラコ」一緒に店を出たあとで、パンジーは申し訳なさそうに言った。
「あなたが選ぶものは、なんていうか、若者向けじゃないの」
パンジーがはにかむ。「十年後に贈ってくれたら、私もきっと喜んで受け取るわ」


樫の扉の敷居を飛び越える。通りすがりの下級生が、玄関ホールに飛び込んできたドラコに驚いて、わっと道を開けた。
そのまま走り抜け、大理石の階段を、二段飛ばして足をかけたところで、声をかけられた。
「ドラコ?」ちょうど地下牢から出てきたパンジーが、友だちの輪を抜けて、足早に近寄ってくる。

「え、なんだよ」
「なんだよ、じゃなくて、さっきクィディッチの練習に行ったんじゃなかったの?」
「あぁ、練習だ」見たらわかるだろ、というように、ドラコは腕を広げた。手には競技用の箒を持っているし、チームのユニフォームも着ていることから、あきらかだ。
「だったら、なんで、まだここにいるのよ」問いただすように、パンジーがわざとらしく腕を組む。
ドラコは、上に続く大理石の階段とパンジーの訝しげな顔と見比べ、「競技場に向かう途中で、急いで引き返してきた」と正直に言った。

「あら、忘れもの?」
「あ、そう、それだ、忘れたんだ」

勢いをつけ、大理石の階段を、また二段すっ飛ばして駆け上がった。「手袋を忘れた!」
「寮はこっちだけど?」背後でパンジーが声をあげる。ドラコの耳には届かなかった。

廊下を曲がり、またもや下級生とぶつかりそうになったが、舌打ちをする間も惜しんで、階段を駆け上がる。箒が邪魔で、いっそ飛行してしまいたい、と柄を握ってみるが、さすがに城内でそれは、見咎められるだろう、とドラコの理性が働く。
広くてまどろっこしいホグワーツを恨めしく思いながら、やっぱり、あの花瓶を買っておけばよかった、とホグズミードの店を出たときと同じような気持ちになった。

校庭からちらりと見えた彼女が、通っていた廊下に出た。もはや影もなく、すぐに落胆する。
きっと、闇の魔術に対する防衛術の教室だ、と賭けて、試しにまた駆け出した。
全力疾走していながら、しかし、なんて声をかければいいのか、わからない。わからないまま、走っている。なんせ、歓迎会ぶりに、彼女を見かけたのだ。
彼女が教室に入る前に、なんとか追いつけたときは、嬉しさよりも、のどが苦しかった。廊下の角から突然、白い息をきらしたドラコが現れ、「あれ、どうしたの」と彼女は目を瞠っている。丸めた大きな紙や、図書館の本を何冊も抱えていた。
まず呼吸を整えたかったけどドラコは、「さっき」となんとか言葉を発して、左手の甲で額を拭った。手袋をはめていることに気づき、僅かだが罪悪感を覚える。

「さっき、校庭から、たまたま見かけて」
「校庭から? わざわざ?」
「あぁ、いや、ちがう。たまたま、だ」
「だから、わざわざここまで?」
「いや、ちがうって、言ってるだろ」

埒の明かない会話に、彼女が、「えっと」と頭を悩ませている。「それで、どうしたの?」
ドラコはもう捨て鉢になって、苦し紛れに、「おはよう、って、言いにきただけだ」と告げた。

腑に落ちないけど、といった笑みを彼女が浮かべる。ドラコがなにか企んでいるのでは、と勘繰るように、「うん」と応えた。
「うん、おはよう」
でも、それだけ? と目で訴えてくる。

グリフィンドール生を相手に嫌味や皮肉ならいくらでも思いつくのにドラコは、いまはそんな彼女を見つめることで、精一杯だった。

時間になっても、競技場に現れないドラコに、チームメイトはどれくらい、苛立っているだろうか。とっさとはいえ、パンジーへの言い訳は、あまりに杜撰だったかもしれない。枯葉のような乾いた風が、火照った汗を冷やし、少し背中に寒気もするけど、でもよかった。走ってきてよかった、と心から思う。彼女を前にしたとたん、頭が痺れるようだった。どんな心配事も取るに足らないことに思えて、いつまでもこうしていられる。不思議な高揚感が、胸に満ち、指先まで包んでいく。
そうしているあいだに、不自然な沈黙が流れていることにも気づかず、見惚れていると、「マルフォイ?」と彼女が顔を近づけ、覗き込んできた。
少し気に病んだような表情に変わっていて、「もしかして、なにか悩みがあるの?」と訊いた。
突然、あんな現れ方をしたから、変に思われたのだろうか。身長が何センチも縮んだみたいに、ドラコの自信がなくなる。
「よかったら、聞くけど」と思いのほか親身になられ、なにがなんでも気の利いたことを言わねば、と思うほど、頭の中は真っ白になり、舌が緊張した。

「た、たとえば?」
「そうだね、たとえば……」

彼女が言いかけた言葉を、そのとき、石を砕くような、激しい轟音が掻き消した。

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