05 監督生のバッジ

「シリウス?」固く閉ざされた扉に、彼女が顔を近づける。リーマスも耳を澄ましてみるが、人のいる気配はあるものの、中から聞こえてくるのは、バックビークの爪が床板を引っ掻く音だけだった。

「私だけど、リーマスも一緒だよ」
「僕たちに話があるって言っていただろう?」

しばらく待ってみたが、反応がなく、悲しげなふたりは顔を見合わせた。
ハリーの無罪放免が決まり、ホグワーツの退学処分も完全に取り下げられてから、シリウスは前よりも自分の殻に塞ぎこむようになり、屋敷の人間と顔を合わすこともなくなっていた。食事だけは毎食、彼女が甲斐甲斐しく部屋の前まで運んでいるのだが、廊下に置いてきたときのまま、手をつけた様子もない。バッグビークの分はなくなっている、というので、シリウスまでねずみの死骸で腹を満たしているのでないか、とよけいに心配になる。
すっかり冷たくなったモリーの料理を、トレーごと持ち上げ、彼女が首を振る。
「明日から、ハリーたちは新学期だ。今夜くらいは、きみも顔を出してくれよ」
そう言い残し、リーマスも仕方なく部屋の前から離れた。

「シリウスをひとりにして、大丈夫かな」
「やっとの思いで、家出したのに、またここに閉じ込められて、つらいだろうね」
「シリウスが家出したのって、十六のときくらいだっけ」
「ジェームズの家に世話になって、翌年には、ひとり暮らしをしていた気がする」
「……私、思うんだけど」と彼女が言いにくそうに口ごもる。

「シリウスって時々、本気でハリーを、ジェームと間違えているんじゃないかなって」

悲しいけれど、リーマスにも心当たりがあった。シリウスは、ハリーを不死鳥の騎士団に参加させるべきだと主張したが、それはハリーの意見を尊重したというより、彼自身の強い希望だったのではないだろうか。帰ってきた親友を迎え入れ、ふたりが一緒にいれば怖いものはなにもなかった、あの頃に戻ろうとしているような熱意さえあった。
ダンブルドアも、だからこそ彼に、この家を離れるな、と何度も念を押したのだろう。見ていて危なっかしく、ハリーを巻きこむくらいなら、部屋に閉じこもってくれていたほうが、マシなのかもしれない。
リーマスと彼女がちょうど四階に下りてくると、話し声が聞こえてきた。扉が開けっ放しの部屋の奥で、かびだらけの戸棚を、ハリーとロン、ハーマイオニーが、三人がかりで磨いている。
魔法省での尋問以来、ハリーは、彼本来の明るさを取り戻していた。

「いまは、騎士団のためにも、ハリーのためにも、シリウスに我慢していてもらうしかない」
「そうだね……」

厨房には、食器棚の上で毛繕いをしているクルックシャンクス以外、珍しくだれも居合わせなかった。彼女がシリウスの残飯を片付けはじめる。
「そういえば」とリーマスはなんとなく、テーブルの傷を指でなぞった。

「ハリーの尋問のあと、法廷を出たところでルシウス・マルフォイに会ったと、アーサーが言っていたけれど、きみも会ったのかい?」
「私は見なかったよ。判決が出る前に、証言を終えて出てきたフィッグさんを、家に送ってた。猫にごはんをやらないといけなし、私がいても判決は変わりゃしないだろうって、フィッグさんが帰りたがって」
「ルシウス・マルフォイは、ファッジと一緒だったらしい」

ふぅん、と食器を洗う彼女は、それ以上の興味を示さず、嘘を言っている素ぶりもない。
そこで、火のない暖炉から、ふくろうが入ってきた。驚いたクルックシャンクスが、リーマスの足元を勢いよく駆け抜けて、そのまま部屋を出ていった。
「ホグワーツからだよ」六人分の手紙の束を受け取り、あて名を確認する。
ふと、リーマスは手を止めた。
「どうしたの?」手を拭っていた彼女が、リーマスの様子に気づく。

「これ」
「ロンの手紙?」
「もしかしたら、ロンは監督生になったかもしれない」
「ロンが?」
「バッジが入ってる」

封筒越しでも、リーマスにはそのバッジの形や、赤と金の模様まで目に浮かんだ。ちょっと待って、と彼女が、束の中からハーマイオニーのぶんを確認する。

「あ、ハーマイオニーのにも、なにか入ってる」
「それじゃあ、今夜はお祝いだね」
「ロンが監督生」
「モリーが大喜びするだろうな」
「ふたりには内緒で渡そう」

リーマスに手紙を返すと、彼女は早速、急かすように、部屋の外へと彼の背中を押した。
それから数分もしないうちに、ブラック家の屋敷は、ハーマイオニーとモリーの興奮した声と、人の行き交う足音で騒がしくなった。

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