03 武器

厨房には、ウィーズリーおじさんとビルもいて、本当についさっき会議が終わったばかりらしく、ビルがテーブルの上を片付けていた。
各々が夕食の準備を手伝っているが、「長旅で疲れているでしょうから、ハリーは座っててちょうだいね」とウィーズリーおばさんに言われてしまい、見ていることしかできないハリーを、先に席についていたシリウスが隣に呼んだ。
部屋の隅でうずくまっていたマンダンガスにもウィーズリーおばさんの声がかからなかったのは、彼がぼろ布のようなローブにくるまっていることと、関係があるのだろう。
シリウス。ハリーの名付け親は、ハリーが期待していたような温かい歓迎をしてくれなかった。代わりに、自身も外出を許されず、ここに缶詰めにされていたことを話してくれた。
ハリーは、たしかになにも知らされず苛立ってはいたが、まだ自由に外を歩けた。ダドリーとの喧嘩や、吸魂鬼の襲撃さえ、シリウスは羨ましいと言った。
いまのシリウスにできることといったら、十年以上、だれも住んでいなかったブラック家の屋敷を、不死鳥の騎士団の本部に提供するくらいだったのだ。

「私はまだ、世間では凶悪な脱獄囚のままだ。パッドフットのことも、ワームテールがヴォルデモートに話しているだろう。不死鳥の騎士団のために私ができることは、ほとんどない。少なくとも、ダンブルドアはそう思っている」

ダンブルドアの名前を言うとき、シリウスの声がわずかに曇り、いまのハリーにはそれだけで彼の胸中を理解できた。さらには無闇に彼を励ましたくもなり、同時に、熱い気持ちが込み上げてくるようだった。

ウィーズリーおじさんの指揮下で、何丁もの大きな包丁が野菜や肉を刻んでいる。ビルが盛り付けているのは、サラダだろうか。ロンたちは、貯蔵庫から食べ物を運び出している。
まもなく、厨房のテーブルに、おいしそうな料理を乗せた皿が並びはじめた。
フレッドとジョージが呪文を使って料理を運ぶので、ウィーズリーおばさんがふたりを叱っている。トンクスとジニーは人数分のナイフやフォークを用意したいらしいが、トンクスがすべて床に落としてしまい、ふたりで奥へ洗いに行った。
マンダンガスがパイプに火をつけようとしているのを見逃さず、ウィーズリーおばさんはまた怒った。
ルーピンがよそったシチューを、彼女がテーブルに並べている。
まだ頭が痛い、と彼女は目をくるりと回した。
「ごめん、ごめん」とトンクスが笑う。買い物袋で両手が塞がっていた彼女は、厨房から飛んできたシリウスが自分の母親の肖像画を黙らせるまで、耳を塞ぐこともできなかったのだ。

「先輩は敬ったほうがいい、トンクス」シリウスが唐突に、素っ気なく言った。
「先輩?」トンクスが彼女の顔をじろじろと見る。また顔を掴まれると思ったのか、彼女は少しのけ反った。
「昔、闇祓いだったことがあるだけ」
余計なことを言わないで、と釘を刺すように視線を寄越すが、シリウスは肩を竦めるだけだ。ロンたちが聞き漏らさず、一斉に興味を示した。
「闇祓いだったの?」
「優秀な、ね」シリウスは完全に茶化すような口ぶりだ。「闇祓いは、厳しい適正検査を通ったあとも、三年間の訓練期間がある。彼女は一年で資格を取得した」
「シリウス、そんな話はだれも聞きたくないよ」
「どうやって一年で?」テーブルから身を乗り出して、ジニーは彼女をよく見ようとしている。
「あのときは人手不足だったから、訓練の延長で現場にいただけだったよ」
早くこの話を打ちきりたい、というように、彼女は席につき、みんなも準備が済んでテーブルに集まりはじめた。

「あのムーディが、半端な人間を命懸けの戦場に連れて行くとは思えないけどね」
「リーマスまで……」
「いいじゃないか、子どもたちが尊敬の目でおまえを見てるぞ」
「うるさい、シリウス」

美味しい食事に相応しい、和やかな一時だった。居心地悪そうにしている彼女をみんなが笑いながら慰めるが、ルーピンやウィーズリーおじさんも最後はやはり、「でも、きみは才能があった」という結論に行き着き、トンクスは無邪気に、「先輩、先輩」と持ち上げる。気がつけば、ハリーもみんなと一緒に笑っていた。
また笑える日がくるなんて、思ってもいなかったのに。
しかし、ハーマイオニーだけは、どうして黙っていたのか、と機嫌を損ねていた。


「もしかして」厨房から引き上げて、最初に通された部屋で寝巻きに着替えながらハリーは、おそるおそるロンに訊ねた。

「もしかして、きみのおばさんとシリウスって……」
「そう、あのとおりさ。前から仲良しこよしって雰囲気じゃなかったから、いつかはこうなるってわかってたけど。でも、あんなに派手に言い合ったのは、今夜がはじめてだよ」

ハリーは、ウィーズリーおばさんもシリウスのことも、どちらも責める気になれない。夕食後、騎士団の活動やヴォルデモートが狙っているものについて、ハリーにすべてを話そうとしてくれたシリウスに賛成だったが、おばさんがそうさせなかったのは、ハリーを心配してくれているからだとわかっている。
ハリーは息子同然だ、とおばさんが言いきったとき、ハリーは胸が痺れるほど感動した。
寝巻きに着替えたロンが、「でも、武器って、なんだろうな」と言いながらベッドに潜りこむ。

「武器のことは、双子の“伸び耳”でも、聞いたことがなかった。“アバダ・ケダブラ”より恐ろしい呪文なんてありえないだろうけど」
「なにか、一度で大量に殺せるものかも」ハリーも考えを巡らせる。
「とっても痛い殺し方とか?」
「痛めつけるなら、磔呪文が使えるはずだし、やつには、あれより強力なものはいらないよ」

ハリーもベッドにもたれ、しばらくの間、ふたりとも黙っていた。ロンも眠らずに、いったいその武器がどんな恐ろしいことをするのか考えているのだろう。
どんな危険なものであれ、“賢者の石”のときのように、ダンブルドアが守っているなら安心だ、という思いもある。
ダンブルドアを、すっと通った背筋や、流れ落ちる美しい銀髪、輝く青い瞳を思い出してしまい、ハリーは自分の気持ちが、ガクン、と落ち込むのを感じた。
そのとき、だれかが部屋の扉をノックした。

「ハリー、まだ起きてる?」

返事をすると、扉の隙間から彼女が顔を出した。「寝る前に、おやすみを言おうと思って」
シリウスも一緒だ。部屋に入ってきた彼女がなにかを言う前に、「あ、僕、ちょっとトイレ」とロンがベッドから飛び出した。入れ違いに部屋を出て行きながら、ハリーにだけ見えるように、にやっと笑ってみせる。彼女たちが部屋をあとにするまで、ロンはトイレから戻ってこないつもりだ、とハリーにはわかった。どんな顔をしてみせればいいのかは、わからなかったが。
シリウスがハリーのベッドに腰をおろし、三人きりになるのは、先学期のあの夜以来だ。

「さっきは少し、見苦しかったね」
「ううん、僕もシリウスに賛成だから」
「きみには知る権利がある。夏休みのあいだ、きみはひとりで、ずいぶん苦しんだろう」

シリウスの労いは、親身な言い方だったが、ぎこちなく、彼の精一杯が伝わってくるようで、ハリーはまたもや胸を締め付けられた。「そんな、シリウスもでしょう?」
そこで会話が途切れ、彼女が「なんか、ぎこちないね」と困ったように笑う。
「ハリーにまた会えて嬉しいって、言っておかなくていいの?」
シリウスが照れ臭そうに目を逸らし、鼻筋を指でなぞるのを見て、ハリーの締め付けられていた胸がわずかにほどけていく。

「その、あれだな……歓迎するよ」
「ありがとう。僕も、またシリウスおじさんに会えて嬉しいよ」

それから、おやすみを言って、彼女とシリウスは出ていった。ロンが戻ってくるころには、部屋の明かりを消し、ハリーもベッドに横になっていた。

「長いトイレだったね」
「うん、いっぱい出たよ」

暗い天井を見上げながら、急に口にしたくなったことがある。「ここにこれてよかった」
ロンはもう眠ってしまったかと思ったが、「僕もだよ」と隣のベッドから眠そうな声がした。

「僕は、ハーマイオニーや兄貴たちとここにいたけど、やっぱりきみがいないと、つまらないからさ」
「うん」
「でも、明日から大忙しだぜ?」

ハリーは目を閉じる。なにが忙しくなるのだろう、と思いながらも、口元には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。

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