02 先発護衛隊

部屋の扉を乱暴に叩かれ、リーマスは微睡みから身を起こした。
疲れているせいか、五分もあれば意識を手放して眠れる身体になったが、最近は本部にいても緊張が抜けないのか、まともな睡眠をとるのも難しくなっている。
叩き方で、扉の向こうにいるのはシリウスだとわかった。返事をしていないのに、部屋のなかに入ってこられるのにも慣れたものだった。

「そろそろ時間だ。ムーディたちが下で待ってる」
「ん、すぐ行く」
「疲れてるみたいだな」
「いいや、大丈夫だよ」

シリウスはベッドと机しかない部屋をぐるりと見回す。「彼女がどこにもいない」
何気ない口調だったが、機嫌が悪いのは一目瞭然だ。
シリウスに機嫌がいいときなどなく、そんな自分を慎重に扱ってくれる彼女にも普段から心を閉ざして素っ気ないくせに、姿が見えないと心配なのだろう。
子どもみたいだな、と思う。が、彼の置かれた立場には、リーマスも同情のほうが勝った。
リーマスは苦笑を浮かべ、「今朝、きょうは出掛けるって言ってたじゃないか」と椅子にかけていた、外出用のローブを手に取る。

「どこに?」
「病院。検診だって言ってた」
「どこか悪いのか?」
「きみを責めるために言うんじゃないけど、十年間も眠ってた原因がわからないから、癒者はいまも彼女に興味があるみたいだよ」
「私が彼女を眠らせたんじゃない」
「そうだった。彼女を眠らせたのはジェームズで、きみはそのことを知ってただけだった」
「ジェームズが死んだあとも彼女が眠りつづけた理由は、私も知らない」
「だろうね。癒者にもわからないんだから」
「当てこすりはやめてくれ、リーマス」

苛立った声で呼ばれ、リーマスは謝罪の言葉を口にするものの、顔が笑っているので、シリウスも呆れている。
彼女のことになると妙な意地を張ってしまうことは自覚している。これではどちらが子どもっぽいのかわからない。

「それにしても遅い」
「検診にどれくらい時間がかかるのか、きみも知らないだろうに」
「彼女に話があるんだ」
「モリーが買い出しを頼んでいたから、夕食までには帰ってくるよ」
「おまえにも聞いてほしいことだ」
「なんだい?」
「今夜、みんなが寝静まったころに、ふたりで私の部屋にきてくれ」
「今夜は難しいかもしれない」
「なら、いつでもいい。ふたりが揃ったときで。彼女には私から言っておく」
「わかった」

軽く身だしなみを整え、リーマスは部屋を出ていこうとするが、シリウスの足音が聞こえず、振り返る。どうしたんだい、と子どもに語りかけるように促すと、シリウスは深刻そうな顔つきで、「彼女は」と口を開いた。

「大丈夫、もうすぐ帰ってくるよ」
「そうじゃない。彼女は、大丈夫なのか」
「さぁ、帰ってきたら訊いてごらんよ。あ、でも、検診の結果って後日にわかるんだっけ」
「そうじゃなくて、騎士団員として、信用していいのか?」

さすがのリーマスも、とっさに反応できず、親友の苦々しい顔を見入った。
「きみは、なにを言い出すんだい」実家に引きこもりすぎて、とうとう敵か味方もわからなくなって、疑心暗鬼に陥ったのだろうか。

「よりによって、彼女を疑うなんて」
「おまえが思っているような意味じゃない」
「じゃあ、説明してもらえるかな」

下でムーディが待っている、ということはわかっているが、リーマスは扉の取っ手から手を離し、部屋の真ん中でシリウスと向かい合った。

「怒るなよ」
「きみの言い分によっては、怒るかもしれない」
「彼女は、いつもこの屋敷にいて、騎士団の任務にも参加していない」
「屋敷の除せんをしてくれているじゃないか。この部屋も、元はひどかった。それに、きみのそばにいたいからじゃないかな。きみが心配なんだよ」
「それはわかってる」

わかっているなら、もう少し愛想良くしてほしいものだと思う。
みんながみんな、彼女のように忍耐強いわけではない。とくにモリーとシリウスは、世話好きな母親と反抗期の息子といった感じだが、ふたりが同じ部屋にいるところに同席するたび、彼らのあいだに流れる空気が険悪になっているような気がするのだ。
そもそもシリウスは、母親という存在に良い印象を持っていない。モリーはモリーで、シリウスの向こう見ずな性格がいつか騎士団を壊滅に導くのではないか、と危惧しているらしく、釘を刺すのに必死になっている。
そんなふたりのことを、常に身近で見ている彼女がどう思っているのかは知らないけれど、よく耐えられるものだ。彼らが近いうちにお互いの不満を爆発させないことを願いながら、リーマスはシリウスのせりふを聞き流すことにした。

「だが、私には、彼女が避けているだけのような気がする」
「なにを?」
「闇の陣営との接触を。いや、ヴォルデモートと関わることを、か」
「関わらずに済むなら、だれだってそうしたいと思うけど」
「やつが戻ってきた以上、戦いは避けられない。だからいま、不死鳥の騎士団がここにある。おまえもわかっているだろう? でも彼女は……」
「それ、彼女には話してないだろうね?」
「え、あぁ」
「きみがそこまで言うなら、もう少し様子を見てみるといいよ」
「なにか知ってるのか、リーマス」
「少なくとも、きみよりは彼女のことを知っているのかもしれない」
「なんだ、それは」

不満そうなシリウスを横目に、「さて」とほとんど無理矢理、気を取り直す。

「それじゃあ、ハリーを迎えに行ってくるよ」
「あぁ、ムーディが怒鳴りこんでくる前に、行ったほうがいい」リーマスに従い、今度はシリウスも部屋を出た。
「役立たずのシリウスおじさんを見たら、ハリーもがっかりするだろう」

自分で言いながらシリウスは大きなため息を吐き、リーマスはローブを羽織って、聞こえなかったふりをした。
しかし、地下の厨房へ向かいながら、頭はハリーのことを考えていた。
四日前、マグル界でマンダンガス・フレッチャーが任務をさぼっているあいだに、ハリーはいとこと一緒にいたところを二体の吸魂鬼に襲われ、あの日は本部も慌ただしかった。その吸魂鬼を二体ともハリーが撃退した、と聞いて、リーマスは内心、誇らしかったが、アーサー曰く、あのとき魔法省は守護霊の呪文の行使を、“未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令”に違反するものと見て、ハリーをホグワーツから退学させるつもりだったのだ。
ハリーの杖が折られる前に、ダンブルドアが魔法省に駆けつけて、彼の首の皮をなんとか繋げたが。
事件のあとすぐにハリーから、ロン、ハーマイオニー、シリウスにそれぞれ宛てた手紙はすべてこの屋敷に届いた。内容は三通とも同じだった。

「ホグワーツを退学になるかもしれない。僕はなにが起こっているのか知りたい」

リーマスはその短い文章をシリウスの横から覗いて見ただけだったが、彼が歯噛みし、手に拳をつくり、狭く暗い部屋の中を行ったり来たりしている姿が目に浮かぶようだった。
いまのシリウスのように、蚊帳の外にされているハリーも苛立っていることは、想像しやすかった。

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