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桜の花弁がひらひらと風に舞いながら、ゆっくりと地面へと落ちる。
その姿は美しくもあり、儚くもあって、見るものを魅了する力がある。
薔薇のように優雅で存在感のある花ではないが、桜には桜にしかない、落ち着いた日本らしい風情が感じられるからか、万人に受け入れられている。

その桜並木を見上げる、真新しい制服に身を包んだなまえは、悲しいような、苦しいような、そんなものが全てつまったような、重苦しいものが胸の中を渦巻いていた。
毎年この桜並木を眺める頃には、新しい生活に心を躍らせていたものが、今年はまったくといっていいほど、感じられなかったからだ。
クラス替えで、この子と一緒になりたいとか。
あの子の隣の席になりたいとか。
この子と相談して決めた、あの係に一緒になりたいとか。
いろんな期待で胸を膨らませていたはずなのに。

それも、きっとこれからの未来が今までとは違って、自分自身しか分からない道をたどっていくからなんだろう。
みんなが同じ道だからと、安心出来るわけじゃないからだろう。
なんとなく友達と合わせたりするような決め方ではなくて、これから先の何十年をも左右する大事な決断を、自分自身だけでしたからなんだろう。

そうだ、もう戻れないんだ。
これから少しずつ、大人になっていくんだ。
だから、乗り越えなきゃいけないんだ。
分かってる、分かってるはずなのに。

「なんでなんだろう」

なんで、こんなに悲しいんだろう。

みんながみんな、揃えたように決めた高校じゃなくて、将来の夢のために違う高校を選んだのは誰でもないなまえ自身だし。
選んだときに後悔しないって決めたのもなまえ自身だし。
なまえのためにみんなが「離れてもずっと友達だ」って言ってくれて、泣いて喜んだのもなまえだし。
でもちょっと強がって、必死に涙を堪えたけど、結局堪えきれなかったのもなまえだし。
わたしもみんなも、まだまだ子どもなのにね、と。
苦笑気味に溢したのもなまえだ。





入学式前、届いた真新しい制服を着て、毎年のように桜並木を見にいったのに、今年はどうしても暗い気持ちでいっぱいだった。
わたし、こんなに弱かったっけ。
気を抜いたら、緩みきった涙腺から涙が溢れてしまいそうで。
必死にこらえているなまえは、花見に来た人にとっては、不思議に見えただろう。
道行く人は、皆なまえを風景の一つとでも思っているのか、気にも止めずに通り過ぎて行く。
所詮、人間は一人で生まれ、一人で死んでいくのだから、寂しいなんてことはない。

「あれ…?
みょうじ?」
「…半田?」
「お、やっぱみょうじじゃん
そんな格好してるから、分かんなかった」

にひひっとあどけなさの残る笑みを浮かべて、なまえの目の前に現われたのは半田真一。
なまえとは幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒の、所謂腐れ縁というやつだ。
私服なんて、久しぶりに見たなあ。
パーカーのポケットに手を突っ込んで立ち止まった半田は、何か言いたげな表情をしていた。
小さい頃と全く変わらない、無垢な眼になまえを映した半田は、どこかしんみりとした雰囲気を醸し出していた。

元気のない半田なんて、珍しい。
なまえがそう、口に出す前に、先に半田が口を開いた。

「どうしたんだよ、みょうじ」
「なにが…?」
「なにって、…」

―――泣きそうな顔してるじゃんか。

なまえのプライドの高さを思い出したのか、半田はその先の言葉を続けなかった。
わかってる。
わかってるよ、ひどい顔してることくらい。

「め、目にゴミが入っただけ…!」

なまえが必死に絞りだした言葉は、情けないくらいに小さな声だった。
嗚呼、絶対怪しまれた。
上手く誤魔化せば、やり過ごせたかもしれないのに。

「ウソつけ、ばかみょうじ」
「!」
「まったく、みょうじは昔っから無駄に強がりなんだから」
「う、うるさい
中途半田のくせに…!」
「な、人が心配してやってんのに…なんだよ、」

口を尖らせて抗議する半田は、やはりまだ子どもらしさが残っていて。
まるで、無理をして大人になろうとしているなまえとは正反対に思えた。
ああ、羨ましい。
咄嗟に半田から視線をそらしたなまえは俯いた。
そんななまえに、特に何も言うわけではなく、半田も立ち止まる。
なんだ、さっきは子どもみたいに怒ったくせに。
今度は大人みたいに、無駄に散策しないのか。
やっぱり半田は中途半端だ。

なまえは、聞いてほしい訳ではなかった。
自分の無駄に高いプライドが邪魔をするのはもちろん、今溢したら止まらなくなりそうな気がしたのだ。
もう何日か経てば、高校生になる。
暢気に笑いあって一日が過ぎていく中学生とは違うのだ。

「なあ、」
「…なに?」
「‥‥俺、何て言っていいかわかんないけど
無理すんなよ?」
「分かってるよ」
「分かってねえじゃん」
「なにが?」

桜並木を見上げながら、なまえには一切視線を向けずに、半田はそう言った。

「俺たちはまだ子どもだろ」
「‥‥」
「無理して大人になんなよ
子どものうちしか出来ないことだって、あるだろ」
「……ごめん、なにが言いたいか、全くわからないんだけど」
「んな!
俺なりに、めっちゃ考えてんだけど?!」
「………中途半田のくせに、慣れない励ましなんてするからだよ」
「だから、中途半田って言うな!」

寒さのまだ残る日中、パーカーに入れっぱなしだった半田の手が、なまえに向かって差し出された。
その手には、

「卒業式後にしか買ってもらえなくてさ…
だから、みょうじがアドレス一号なんだけど」
「……そーいうの、普通親とか、彼女とかじゃないの‥?」
「アドレスの最初が親って、なんか恥ずかしいじゃん
それに俺には彼女はいません」
「…はいはい、」

しょうがないなあ。
買ってもらった時期とか、何もかもが中途半端。
そうやってからかっていた日々を、すごく懐かしい感じた。
かこんと近付け過ぎて音を立てたケータイに揺れる、親友とのお揃いのストラップ。
そういえば、最近メールも電話もしていない。
ああ、わたしは何を頑固になってるんだろう。

「ちなみにみょうじ、彼氏はー?」
「なによ、喧嘩売ってるの?」
「ば、馬鹿、冗談だよ…!」
「わたしはね、中途半田と違って大人だから!
……まあ、遠距離になるから、卒業式の日に別れたけど」
「結局、フラれたんだろ?」
「……どの口がそんな生意気なこと、言ってるわけ?」
「いひゃいいひゃい!!
ちょ、わりゅかったって!」

半田の頬がよく伸びる伸びる。
あはは、変な顔。
半田にあたったってしょうがないことは分かっていた。
それでも不思議なほど、それが―――――そうやってふざけるのが落ち着くことに気が付いた。
ああ、分かってしまった。





寒空の下で秘めた思い




その後、忘れた頃にお節介とも言えるメールが届くようになるなんて、誰が予想出来ただろう。
だからその度に大人になるのは、もう少し後にしようかな、って、思ってしまう自分がいた。










キーワードは大人、子どもという言葉。
無理に背伸びしなくたっていいんだよってことを半田は言いたかったそうです。

ちなみにこの企画では、管理人が普段書かないキャラに挑戦していますので、口調が不安定です…すみません

受験生応援企画第一弾、12/04/01までフリーです!


お題:ポピーを抱いてより


時松杏 12_03_01






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