グラジオラス | ナノ
Episode 07


ぼとり

それと同時に、持っていた買物袋を落としてしまった。
だって、目の前で、ゆきちゃんの背中越しにあの女の人が見えたんだもの。
二人は抱き合っているみたいだし。
しかも女の人泣いている。
女の人の頭を撫でるゆきちゃんの手は、わたしを撫でる手とは違うように見えて、先ほどの暖かい気持ちとは打って変わって、冷たい風が吹いたみたいにちくちく痛くなった。

女として触れられてるあの女の人が羨ましかった。


「ちなみちゃん・・・」


こちらに気づいた女の人は、わたしの名前を呼んだ。

やめて、私の名前を気安く呼ばないでよ。
一人で浮かれていた自分が惨めに思えてくるよ。

ワンテンポ遅れて、ゆきちゃんがこちらを見てびっくりしていた。


「ちい・・・・・・」


どくどくどくどく


私の存在によって距離が離れた二人は、驚いて私をじっと見つめていた。
わたしの心臓はいままでにないくらい、早く大きく脈を打っていた。


「ぁ・・・・・・」


悲しい、憎い、羨ましい、泣きたい、苦しい・・・、色々な感情がぐるぐる渦巻いているせいか、喉もカラカラでまともな声が出ない。


「ちい・・・」
「あ・・・邪魔してごめんなさい・・・。
お母さんにお使いを頼まれてて今帰ってきたとこなんだ・・・。
で、でも、女の子泣かしちゃだめだよ・・・ね・・・
優しくしなきゃ・・・」


ゆきちゃんをちらりと見ると、なんだかとても苦しげにこちらを見ていた。
別れそうとか言いながら、なんだかんだ仲いいんだね。
なら安心じゃん。
だからゆきちゃん、そんな顔で私を見ないで。
苦しいのは・・・泣きたいのはこっちなんだよ・・・。


「あ・・・卵・・・割れてないかな・・・。 あんまり遅いとお母さん心配しちゃうな・・・。 じゃあ、お幸せに」


わたしは黙り続ける二人をよそに、逃げるように家の中に入った。
入る瞬間に再び見たゆきちゃんは、まだ苦しげにこちらを見ていた。


「おかえりー、寒かったでしょー?」
「・・・うん」
「ありがとねーって・・・ちなみ、どうしたの?」
「・・・」
「ちなみ・・・?」
「あー! 風が冷たすぎて涙でちゃった!
わたし、手洗ってくるね」


いつの間にか目に溜まっていた涙を見て、心配したのだろう。
お母さんはなにか言いたげだったけど、その後触れてくることはなかった。


「・・・ばっかみたい」


あの二人の抱き合っている姿はとても儚くキレイで、まるで遠くで小さな輝きを放つ星みたいだった。
それくらい二人を、ゆきちゃんを遠く手の届かないもののように感じた。
それなのにゆきちゃんは、わたしになにか言いたげに、苦しそうな切なそうな目で見てきて、どうすればいいのか分からなかった。
ただ、彼のあの目は、心臓を握らているような痛みと苦しみで、わたしをいっぱいにさせた。


「・・・っ苦しいよぉ。痛いよぉ」


ぽつりと呟いた私の声は、空気の中行くあてもなくさ迷っていた。



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