01:余剰原稿放出

未登録の買出しに付き合って街に出た時だった。

道の先に見慣れた後ろ姿を見つけて楽しくなった。
だって、今未登録と一緒に居るのはあいつじゃなく俺だから。


「好きに見てていいから、ちょっと待っててよ」

露店で物色している未登録を置いて、その人物の跡をつけた。
あれで一応監視対象だから念の為。
というのは建前だけど。

「ふうん。特に進歩は無し、かな」

この先にあるのは軍部施設で、図書館が併設されていた事を思い出す。
相変わらず賢者の石か何かでも調べているのだろう。

早足で進むおチビさんの後ろ頭を見ながら、どうしようかな、と考える。
ちょっとからかってやりたい気分になっただけなんだけど、あまり未登録から離れるのも考え物だ。
前に一人で買い物させた時には、戻ってみたら知らない男にちょっかいを掛けられていた上に、
渡した金を何処かですられたらしく、未登録が酷く落ち込むはめになった。

思い返して不快になっていると、急になんの前触れもなくおチビさんがこちらを振り返った。

「え。」

隠れる暇も変身する暇もなく。
吃驚している間におチビさんは勢いよく走ってきたかと思うと、変形させた機械鎧で切り掛かってきた。
すんでのところで避けると、きつい目で睨みつけられた。

「何処のどいつかと思えば…なんの用だ!」

「あはは、ばれてた?」

「ばれてた?じゃねぇー!!」

「ええと、久しぶりだね。鋼のおチビさん」

笑い掛けてみると、チビって言うなとか、へらへらするなとかきゃんきゃん吠えられた。

「…未登録はどうした」

「未登録なら俺の部屋に居るよ」

「な…」

嘘だけど。ていうかすぐ其処の通りに居るけど。
更に険しくなるおチビさんを眺めながら俺は愉悦に浸った。

「…お前の自己満足であいつを閉じ込める気か」

「こっちに来たのは未登録の意志じゃないの?」

「っ違う!てめえらが脅してんだろ!」

「仮にそうだとして。俺の自己満足だったら何。
この世に自分が満足する以上に大切な事なんてないと思うけどなぁ」

「んな事は聞いてねぇ。あいつの自由を奪う権利はないっつってんだよ!」


「…人間にも運命ってもんがあるでしょ?」

ラストと対峙した瞬間から、未登録は籠の鳥になるしかなくなったんだから。

「人間じゃねぇ癖に語んな!」

「言うねぇ。でも未登録は分かってるよ。死ぬか生きるか決めた時からね」

そう、こいつの為に生きながらえると決めた時から。


「そのうざってぇ運命とやらはてめえらが居なくなれば終わる紛い物だ」

「ククッ…そういやそうだねぇ」

「だったらてめえらをぶっ潰すまでだ!!」

おチビさんが声を張り上げた瞬間だった。
僅かな気配に振り返ると、未登録が息を切らして立っていた。


「エド…」

その口で、こんな奴の名前なんか呼ばないでよ。


「未登録…お前はこいつと、こいつみたいな化け物と居たいのか!?」

おチビさんは声を荒げた。

その化け物の傍でしか生きられないんだよ、未登録は。


「こいつらは人間じゃない。ホムンクルスだ。俺達とは違う、化け物だ」

「……」

未登録の表情は殆ど無表情だった。
もしかしたら未登録も、近い事を感じていたのかもしれない。
仮にも錬金術師ならホムンクルスに対する意識なんてそれに類するものに違いない。
いや、両親を殺した時点で未登録に取って俺達の存在は十分に化け物なんだろうけどね。


「エドにだけは…言って欲しくなかったな」

未登録は静かに言った。

二人して見つめた先で。佇立する未登録は微かに笑っていた。

「だって、知ってるから。エドの持つ人間の定義がどれだけ広いか。そのエドが…」

躊躇いなくホムンクルスを化け物と呼ぶ。

それが辛いと、未登録は伏せ目がちに笑った。


「エンヴィー、もう戻ろう」

腕を引かれる感触がしたと思ったら、引き結んだ口元が目に入った。


「待てよ、未登録」

「ごめん、エド」

「待てって!話を…」

「私は」

未登録は言う。
伸ばされた義手が届く前に。


「私は、どうしてもそんな風には思えない。だから…ごめん」


苦しげに吐き出して踵をめぐらせた未登録を、
おチビさんはいつかの様に何処か茫然と見送った。


俺の腕を引く指は少し震えていたけど、気づかない振りをした。











「いいの?なんかおチビさんショック受けてたみたいだけど」

帰り際。
到底似合わない科白だと自覚しながら、わざと言ってみる。
未登録は何も答えずに、急に勢いよく振り向いて。
そして手に持っていた紙袋を差し出して見せた。

「今日、付き合ってくれてありがとう。おかげで沢山いいもの買えた」

「……」

まるでいつもの笑顔だった。

なんだかさ。
そういうのって逆にやり切れないよね。


「エンヴィー?」

「未登録はさ、後悔してないの?」

俺の所に来た事、とその頬に触れる。


「何、言ってるの」

「帰りたいんじゃない?本当は」

俺は多分、未登録が望む事があるなら叶えたいと思っているけど。
でもそればっかりは駄目。聞いてあげられない。

「私は自分で選んで、エンヴィーの…」

「それでも、蝋燭一本捨てられないんでしょ?」

俺は責める様に言った。
一瞬その瞳が揺らいだのを見逃せなくて、俺のこころも揺れた。

「もう俺だけにして」

選んでくれたんだったら。

爛れて消える塊越しに何か見てないで。
人間との想い出なんて捨てて、肉親の死も忘れて俺だけを。


「俺のものになってよ」


唐突に抱き寄せて、そう囁いた。


…馬鹿みたいだ。

これだけ傍に居て。



「ばか…」

案の定、腕の中からはそんな呟きが聴こえた。

あーあ呆れられた。
お前の言う通り、ほんと馬鹿だ。



「…これ以上はないと思うけど」


不意に、くぐもった声でそう言われて。
驚いて見下ろすと、顔を赤らめる未登録の瞳とかち合った。



これ以上は、ない。


言わんとしてる事はなんとなく伝わってきたけれど、
もしも本当に今以上がないのだとしたら、
それは、とてつもなく…。




「…帰ろっか」

浮かぶ思念を抑えて、一言そう告げた。



未登録は俺の前では泣こうとしない。

それは承知だったけど。


これ以上何か言ったら、なんだか泣かれそうな気がした。






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