02:CATCH×3






…暑い。
違う、自分の身体が熱いんだ。


「エンヴィー、大丈夫?」

声が聴こえて、ベッドの上で俺は目を開けた。
見え始めの視界には自室の天井。
それから心配そうにこちらを見下ろす未登録の姿が映り込んだ。

…なんか違和感。
そういえば未登録がこの部屋に居るのは初めてかもしれない。


「私、やっぱり誰か呼んでくる」

ベッドの脇で未登録が立ち上がろうとする。
俺は背を向けて出て行こうとするその腕を掴んだ。


「いいから此処に居てよ」

ただの風邪なんだからと、捕まえた片腕を解放して代わりに手を取る。
手先から伝わる体温は低めに感じられた。
未登録は何か言いたそうにした後、黙ってその場に屈み直した。


事の発端は今日の夕方。
アジトへ戻ろうという時、待ち合わせ場所に未登録が来なかった。
何かあったのかと思いつつ、俺は未登録が居る筈の、エルリック兄弟の滞在する宿に向かった。
適当な姿を借り、目当ての客室フロアまで上がる。
すると、まさに未登録が兄弟の部屋に入ろうしている所だった。
何故か手元にはトレーを持っていて、野菜スープ入りの皿が載っている。

「ちょっと、人待たせといて何してんの?」

正面から話し掛けたけど、未登録の反応はいまいちだった。
遅れて原因に気づき仕切り直す。


「此処で今、何してんの」

俺はいつもの姿に戻り、言外に帰る時間はどうしたと尋ねた。
未登録は、「あ!」と声を張り上げる。

「ごめん。忘れてた…」

忘…。

「へえ、それは初めてのパターンだね…」

あまりの軽さに顔を引き攣らせている最中、未登録の雰囲気がいつもと違う事に気づく。
何が違うのかまでは分からない。


「まったく、とにかく帰るよ」

「待ってエンヴィー」

「何」

「私、帰れない」

ゆっくりと眉を寄せる未登録に、俺は黙って目を細めた。
兄弟の部屋からは物音一つ聴こえてこない。



帰れないって何。


「そう言われて俺が大人しく帰ると思ってんの?」

「ごめんね、迎えにきてくれたのに。エドが風邪引いちゃって」

言いながら未登録は客室のドアを開ける。

「エンヴィー?」

「え、ああ」

カゼ?ああ…風邪ね。
未登録の雰囲気が違う理由が分かった。
髪がまとめられ、普段より耳元や襟元がすっきりしている。
そういえば珍しく腕も捲っている。
何が帰れないだよ馬鹿馬鹿しい。心配して損した。

兄弟の宿泊室を覗いてみると、確かに部屋の奥のベッドには鋼のおチビさんが寝ていた。


「あいつの世話なんて弟にやらせとけばいいだろ」

「アルは薬買いに行ってくれてて」

「だからってなんで未登録が…」

「…うおっ!?おま…!なんで居るんだよ…ッ!」

「今日はー。お邪魔してるよ」

俺の存在に気づいたおチビさんがぜいぜい言いながら睨んできた。
いつもに増して目つきが悪い。
敵を目の前に寝ていられないのか、よれよれの癖して起き上がってくる。
こっちだって人柱でなければとどめを刺してやるのに。


「エド…!ごめんね、起こして」

テーブルにトレーを置き、おチビさんの枕元に歩み寄る未登録。

「大丈夫?咳は止まったみたいね」

「ああ…」

「ご飯食べられそう?下のレストランでスープ貰ってきたんだけど」

そのくらいなら食べれそうだと礼を言うおチビさんに、未登録は明るい笑顔を向けた。

「良かった。今ならスープ温かいよ。あ、氷のうもあるから後で使ってね」



「……へぇ…?」

甲斐甲斐しいじゃん。

そう呟いて俺は半笑いになる。
未登録がこんなに他人に世話を焼く奴だなんて知らなかったんだけど。
早々にスープを平らげたあいつは胡散臭げに俺を見てから、だるそうにまたベッドに戻っていく。


「エド、夕方から熱上がってきたんじゃない?」

「あー、そうかもな」

言って布団の中で苦しげに目を開けるおチビさんの額に、未登録がひたと触れた。
淡く掻き上げられた金髪の合間に覗く指。

照れ隠しに振り払いそうなもんなのに。
不意を衝かれたらしいおチビさんは赤い顔で大人しくしていた。
それを見た時、俺の中で何かが軽く切れた。
無言でベッドサイドに近づくと、座り込む未登録の肩を後ろへ引く。


「エンヴィー?」

「退きなよ。俺がやる」

「ええ…っ?」

「はあ!?」

「いいから退いてよ」

未登録を押しのけ、その辺にあったタオルを引きちぎりそうな勢いで無意味に伸ばす。

「この俺が直々に面倒見てあげるって言ってんの。はーい、それじゃまず汗拭くよー」

痛めつけてやる気満々に笑顔で近づくと、おチビさんは驚愕に顔を引き攣らせ悲鳴を上げた。

「ぎゃあああ!!やめろ気色悪いッ!!つーかマジ帰れ!!頼むから帰ってください!!」

「うるさいなぁ、あんたは大人しく臥せってりゃいいんだよ。こいつ十分元気なんだけど?」

「…エンヴィー、これ、置いてあげて」

心配そうに苦笑いしている未登録から作り立ての氷のうを受け取った。
それを持って病人の方を向くと、俺は目の前の額めがけて躊躇なく振り下ろした。
未登録が、床に落ちた水滴を拭いている間に。

がすんと氷の塊のぶつかる鈍い音がし、おチビさんは衝撃に頭部を押さえ込む。
う、という短い呻き声を聞きつけた未登録が、驚いた様に瞳を瞬かせる。

「エド?そんなに頭痛いの?」

「ってめ…!何しやが…」

なんで病気だからって未登録がこいつのおでこに触ったりご飯の世話したりしなきゃなんないの。
何、当然みたいに看病されてんの。
ああ、むかつく。ほんとむかつく。

そう思いつつ極上の笑顔をくれてやると、何故か目の前の人間も笑顔になって妙に沢山の汗を浮かべていた。
おチビさんは黙って咳払いしたかと思うと、手招きをして未登録を呼び寄せる。
何かひそひそ言っていたが聞こえなかった。


「未登録。大丈夫だからもう帰れ」

「え、でも」

「いいから帰れ。な?アルももうすぐ戻るし」


「……このままじゃ、俺の命が危ねぇ…」



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