小説 | ナノ


▽ 夢見るさなぎ


視線を感じる。このままじゃ穴が空いちゃうってくらい。じっとりした不満げな視線が、頬に突き刺さってくる。
「あーもー!負けちゃったのはごめんてば!そろそろその顔やめてくれよ!」
耐えきれなくなってそう怒鳴れば、樹は大袈裟にため息をついた。
「僕がせっかく土日返上して、チェスを一から叩き込んだのに。ミズキちゃんが、今回も終始劣勢だったって言ってたよ」
「ミズキちゃんの正直者!でもひとつ言わせてくれ。俺が弱かったんじゃなくて、ヒノキが強かったんだ」
「堂々と言う事じゃないよね。次はもっと厳しく行くから。……で、今回はなんて言われたの?またご飯作ってくれって?」
言いながらどんどん声のトーンが下がっていく樹。やっぱ俺の料理食べたらこういう反応するのが普通だよな。でも、最近俺だってヒノキに料理を(強制されて)教わってるんだぞ畜生!そんな樹に朗報だ。今回は俺の料理を食べる必要は無い!
「ミズキちゃんにオススメのアクセサリーショップを教えてやってくれって頼まれた!ミズキちゃん、俺のファッション気に入ったんだって。見る目あるよなー!」
「ふうん……えっ、伊井さんとミズキちゃんでお出かけするってこと?よくヒノキさんが許可したね」
「それな!俺も思わず、『ミズキちゃんとデートしていいってこと!?』って言ったら殴られた」
「言い方ってものがあるでしょ、言い方ってものが」
そういう樹の声音は厳しい。俺が負けたことを根に持ってるな?こいつ、結構ネチネチしたところがあるんだよなー。それだけ、俺が勝つって期待してくれてたってことだろうけど。
「ま、そういうわけで今度の土曜日、俺はミズキちゃんと遊びに行ってくるけど……イツキもくる?」
さりげなく話を振ってみれば、樹はぴくりと肩を跳ねさせた。さっきまでジト目だった目が、今は大きく開かれている。
「え、いいの?」
「もちろん!ミズキちゃんも喜ぶと思うぜ」
「そっかぁ、行きたいなぁ……でも、土曜日は先約があって……」
「あちゃあ、語手の仕事ってわけじゃないよな?友達と遊びに行くのか?」
「うん。……咲乃さんのお家に、お呼ばれになって……」
ふむ、なるほど。樹は樹で意中の子とデートしてくるって訳だ。隅に置けないヤツめ。まあ、そういう事情なら仕方ない。
「じゃー2人で行ってくるけど、何かお土産いる?つってもアクセサリーショップだからな、樹の欲しいものがあるとは、」
「お土産!欲しい。よろしくお願いします」
食い気味の返事だった。
「だって伊井さんの好きな物とか……僕も知りたいし……」
「……」
俺は思わず黙り込んだ。こいつ、こうやって時々いじらしいところあるんだよな。
「わかった。イツキに似合うもの選んできてやる!ドーンと任せなさい!」
そう言ってばしばし樹の背中を叩く。さっきまで不機嫌な顔はどこへやら、嬉しそうに眉を下げて「うん」と大きくひとつ、頷いた。

◇◇◇

そして当日。
「じゃーん!ここが俺行き着けのアクセサリーショップ、花幸(はなゆき)です」
「おおー!」
ミズキは、ただでさえ大きな目を零れそうなほど見開いて、ぱちぱちと小さく手を打った。
「すごーい!可愛い!わ、わ、壁にまでアクセサリーが並んでる…!」
「ここは店長が一つ一つ厳選した品を集めたセレクトショップでな。品揃えも季節に合わせてちょくちょく変わってるんだぜ」
「はえ〜…」
頬に手を当ててため息をつくミズキは、すっかりアクセサリーに夢中だ。四葉のクローバーをあしらったペンダントを、ほわんとした顔で見つめている。
「お、それ気に入ったのか?せっかくだしおにーさんがプレゼントしようか」
そう声をかけると、ミズキはふるふると首を振った。
「あ、ううん!今日はヘアピンを探しに来たの。春臣さんのそのヘアピン、すっごく可愛いなって思ってて……!ヘアピンだったら学校にもつけていけるし、私も欲しいなって」
さすがミズキはお目が高い。シンプルなデザインだが、俺の可愛さをしっかり引き立ててくれる名脇役だ。とはいえ、ミズキには少し地味な気もするが……。
「じゃあ、とりあえず店内一周してみようぜ。ついでにさ、お土産も一緒に考えてくれよ」
「お土産?」
「うん。ミズキちゃんはヘアピンが欲しいんだろ?せっかくだからイツキにも、デザイン違いのヘアピンを買っていこうと思ってさ!可愛いのお裾分けってやつ」
そう言うと、ミズキはきらきらとした笑顔で「うん!」と頷いた。
「それならうんと可愛くて似合うの、選ばなくちゃね!どんなのがいいかなぁ」
「せっかくなら、イツキのヘアピンだ!ってすぐわかるやつがいいよなぁ」
唸りながら店内を見回した。キラキラするアクセサリーについつい目が奪われて、なかなかお土産探しが捗らない。あれも可愛いこれも可愛い!ただ、樹に合わせて……となると、結構迷う。
「そういえば、さっきはどうしてペンダントをじっと見てたんだ?デザインが気に入ったとか?」
「あ、ううん!デザインも素敵だなーって思ったけど、その説明文も素敵だなって思ったの。ほら、見て」
ちょん、とミズキがアクセサリーの横に飾られたカードに触れる。よくよく見れば、モチーフの意味が書かれているようだ。幸い日本語の下に英語の文章もあった為、俺でも意味を読み取ることが出来る。
「へえー、クローバーが幸運の証なのは知ってたけど、葉っぱ1枚1枚にも意味があるとは知らなかったな。誠実、希望、愛、幸運……ん?てことは、四葉より五葉の方がさらに良いってこと?」
首を傾げれば、ミズキはころころと笑い声を上げた。
「春臣さん欲張りだね。私、五葉なんて見たことないよ」
「ん、確かにそれはそうだな。でも、こういうモチーフの意味で選ぶのもいいかもしれないな」
「でも、それだと、個性を表すのは難しいんじゃないかなぁ」
「じゃあこうしようぜ。少し派手めなヘアピンと、落ち着いたデザインのヘアピンを合わせるんだ。派手めのヘアピンで個性を、落ち着いたデザインのヘアピンはモチーフで拘ってお守りに。どう?」
「わあ!それなら世界で一つだけの組み合わせになるね!」
女性は世界でひとつというワードに弱い、とはよく言ったもので。ミズキは一層目を輝かせて考え始めた。
「樹くんと言えばねぇ。優しいでしょ?数学が上手でー、オセロも強くて、それにとっても頑張り屋さんなの!私に勉強を教える時も、樹くんとっても真面目な顔してるもん」
確かに、と俺は深く頷いた。樹が家庭教師になっている時はいつも、緊張していかにも力が入ってますって顔をしている。ちなみにミズキはいつでもにこにこ楽しそうだ。傍から見るとミズキの方が先生に見えるのは内緒。
「あとはーうーん……、あ、よく写真を撮ってくれるよ!」
「あいつ、日記とかにもその日の写真を貼ってるんだよな。確かにいつもカメラ持ち歩いてるイメージあるかも」
「カメラのヘアピンかぁ、置いてあるかなぁ!」
わくわくとした声でミズキが言う。俺は苦笑して頭をかいた。さすがにちょっとマイナーというか、珍しいデザインだ。確かにレトロなカメラなんかは、樹の髪色にも良く似合うだろうけれど。
そんなことを考えながら店内を見回していると、ふと視界の端に引っかかるものがあった。
「なあ、これはどう思う?」
手に取ったのは、アンティーク風のレジン枠がついたヘアピンだ。レジンの中には、小さな写真の断片が数枚閉じ込めてある。
「わ!可愛い……!樹くんの日記もこんな感じ?」
「いやーまだまだ腕が足りないな。だってあいつ、ほっとくとその辺の草の写真を、ピンぼけで撮ってくるんだぜ」
やれやれと肩を竦めて見せれば、ミズキはきょとんと目を瞬かせた。
「……?樹くん、草好きなの?」
「何を撮ればいいのか分からないんじゃないか?ミズキちゃんも、あいつが困ってたら何を撮るのがオススメか、教えてやってくれよな」
最初は人の真似でもいい。それでもいつか、このレジンのように、生き生きとした写真が日記を飾ることになるだろう。樹が撮りたいと思った瞬間を閉じ込めた、樹にしか撮れない写真。
その日が来るのが楽しみだな、なんて思いながらカゴに入れれば、何やら得心顔でこっちを見上げるミズキの視線に気がついた。
「ん、なーに?」
「春臣さんの今の顔、お兄にちょっと似てたなぁって」
俺は片手で頬をつねってみる。それはヒノキが時々する、あの愛おしむような表情だろうか。だとしたらかなり恥ずかしい。
「柄じゃないんだけどなぁ」
「春臣さん照れてるー」
「うるさいやい」
だいたい、仕事の関係に情を持ち込むと色々と面倒なことになる。いざと言う時判断が鈍れば、俺だけでなく樹まで危険に晒すのだ。そうは思っていても、あいつの危なっかしさにはついつい手を差し出してしまう。世話を焼かれる才能があるのかもしれない。本人がどう思ってるかは別として。
「あとはお守りだね。どのモチーフがいいかなぁ」
「あれもこれもあって迷っちゃうね」と、ミズキは真剣にカードとにらめっこしている。自分のヘアピンを探していることも忘れていそうな熱中ぶりだった。お人好しは兄由来だなぁ、と俺はちょっとおかしくなってしまう。
さて、樹のお守りだが。実はさっき目星をつけていた。ざっと店を見回して、小さな鍵のついた銀色のピンを手に取る。
「意味は、可能性の扉を開ける。大学生になって、これからどんどん専門的な知識に触れていく樹にぴったりだろ?」
それに、閉ざされた心を開くって意味も。樹の心をどこか遠くに感じることがあるのは、きっと間違いじゃない。過去の経験がそう囁いている。一体どうしてそんなことになってるのか。さっぱり検討もつかないが、その性格が人を頼るのが苦手なことに繋がっている気がした。
それはとても寂しく、怖いことだ。
有無を言わさぬ俺の態度に、ミズキも何かを察したらしい。「春臣さんが選んだものなら、きっと間違いないと思う!」と太鼓判を押してくれた。
「じゃあ、そろそろ本日のメインイベントに移ろうか!というわけでミズキちゃん、気になったヘアピンはありましたか?」
「わ!樹くんのヘアピン探しに夢中になって忘れてました……!春臣さんはどんなヘアピンがいいと思う?」
「えー俺?俺はやっぱり桜が好きだから、ミズキちゃんにも桜のデザイン推しちゃうなー。でも、ミズキちゃんそのままでもすっごく可愛いもん。控えめなデザインだと霞んじゃうから〜沢山咲いてるやつがいいかな」
「春臣さんと同じ桜ヘアピン!?嬉しい!お兄にも自慢しちゃおっと!」
ぴょんぴょんと弾むように歩くミズキの手を取って、店の一角に案内する。幸い今の季節なら、桜のヘアピンも選り取りみどりだ。シンプルな1輪咲きから、布を織り込んで桜の形にしているもの、桜柄の小鞠をつけているものまで。
「ちょっと失礼」
とりあえず目に付いたものから手に取って、ミズキの髪に当ててみる。
「どうかな?」
「うーむ。正直全部似合う」
金色の柔らかな髪に、ほんのりと色付いた桜はとてもよく馴染んだ。ただひとつ、思いついた事はある。
「これとか、あとこれとかさ、チェーンが付いてて、揺らしたら花びらがヒラヒラするだろ?ミズキちゃん、よくちょこまか動いてるからさ、その度に花びらが揺れたら素敵じゃね?」
「そ、そんなにちょこまかしてるかなぁ」
うん。小動物みたいで可愛い。なんて、さすがに本人には言えないけれど。
「でも確かにとっても可愛い!これにしちゃお!春臣さん、選ぶの手伝ってくれてありがとう!」
そのまま値段をチェックしようとするので、俺は慌てて手で視界を遮った。全く、デートだって言ってるのにこの子ったら!
「だめだめ、今日は俺に奢らせて!かっこつけさせて!」
そう言ってもミズキはしばらくもじもじしていたが、「じゃあ、あの……」と背中に回していた手を前に差し出した。
「これもっ!お願いしても、いいですか?」
「うん?」
見れば、銀色のシンプルなヘアピンだった。確か樹のお守りに買ったピンと同じシリーズ。端っこに、蝶が羽を広げてとまっている。
「おおー。もしかしてこれはミズキちゃんのお守りってこと?」
「はい。お花にもあうし、それに意味もとっても素敵で!……いいですか?」
「いいにきまってるだろー!おにーさんに任せなさい!」
これ以上遠慮の芽が育つ前にささっと会計。可愛くラッピングされたそれを、そっとミズキの手に握らせる。ミズキは大事そうにそれを受け取ると、ぱっと背を向けてごそごそやり始めた。
「えへへ、早速つけてみちゃった」
振り返るミズキの髪には、言葉の通り愛らしい花が咲いていた。その下で羽を広げる蝶が、少女にほんのひと匙、大人っぽさを添えている。
……そういえば、蝶のモチーフの意味はなんだったか。いつもは元気いっぱいなのに、変に遠慮しいなミズキが欲しいと言ったからには、重要な意味があるのだろう。それがちらりと気になったが、聞くのも野暮かと思って口を噤む。代わりに、悪戯な笑みを唇に乗せてこう言った。
「さっきも言ったけどさ。この店、季節によって品揃えが変わるんだ。だから、夏頃また見に来ようぜ!そんで、今度はヒノキにも可愛いヘアピン買って帰ろう」
「えーっ!楽しそう!その時はまた探すの手伝ってね、春臣さん」
「もっちろーん。俺たち2人でなら、とっても可愛くデコってやれるな」
あー楽しみだなぁ。ミズキとの買い物も、お土産を受け取ったヒノキの顔も。くふふ、と含み笑いをすれば、ミズキも満開の花が咲くように笑う。その手を繋ぎ、帰り道をゆっくり歩く。きっと家では、心配性のお兄ちゃんが百面相をしながら待っていてくれることだろう。次のデートの約束をしたと言ったら、殴りかかってきそうだな。でも、こうして楽しい時間がまた過ごせるなら悪く無い。そんな浮かれた心につられたように、桜の花びらがチリンとひとつ、済んだ音を響かせた。

◇◇◇

蝶のモチーフの意味。
変身。復活。新しい道を切り拓く。

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