小説 | ナノ

▽ 回想死因2


母なる金字塔。危険度6。目には見えない胞子によって人を幻覚に飲み込み、過去の幸せだった頃の記憶を見せて海へと誘う。幻覚から回復する手段、奉仕を回避する手段、共に不明。
「胸糞悪い没だね、過去のことで足を引っ張るなんて……」
「危険度6ってさ、君たちの規定では最高レベルじゃなかった?」
そーだよ、と俺はぐしゃりとペットボトルを握りつぶしながら答える。
「この状況を見てたらわかるでしょ」
さっきまで、人気のなかったはずの浜には今、ふらふらと海へと向かう人達が見られるようになっていた。今はまだ創務の人達が引き止められているが、直にもっと増えてくるだろう。
俺たちは今、一旦波打ち際を離れて海岸沿いの道路腰を下ろしていた。あの触手がいつ襲ってくるのか、さっぱり判断がつかなかったからだ。ただ、相手も誰を引きずり込むのかはある程度選んでいるようで、幻覚に囚われなかった俺たちのことを、深追いするような様子もなかった。そこがますます、腹立たしい。没は知性がないとは言うが、弱者を狙うのが本能に刻み込まれているかのようだった。
そうやって途方に暮れてる間も、創務はしっかりと仕事をしていたらしい。俺や他の創務の偵察を元に、迅速に資料が作られ送信されてきた。
「それにしても、不明な欄が多すぎるだろこれ」
性別不明、幻覚への対処方法不明、そして、幻覚を見る人と見ない人の区別も不明……強いて言うなら、体長約8メートルというのは有益な情報と言えるだろう。さっきは恐怖も相まって大きく見えたが、意外と敵はそこまで大きくはなかったらしい。とはいえ、海中という厄介さは変わらない。8mと言えば、インストラスターのダイバーがいてようやく潜れる深さだ。更にそこで戦いになるなんて、どう考えても無理に等しい。もう陸上に引きずり出すしかないだろうが、それが出来る戦力に宛がない。俺もアノンも、元々戦闘向きの能力では無いのだ。
「それに、ネコのやつもどっかに行ったまま帰ってこないし」
まさか、没に引かれてあいつも海に入ってしまったんじゃないだろうな。
「そろそろ俺達も創務の人達に加わろう。人手はあったほうがいいだろうし」
「ぼくはそれでもいいけど……周、足はもう大丈夫なの」
俺は小さく震える足を見下ろした。アノンはやっぱり鋭い。あの一瞬、確かに足がすくんだことを見抜かれている。
「大丈夫。……さっきは、あまりにも凄いもの見ちゃったからさ、少し足がすくんだだけだよ」
嘘だ。おぞましくも美しいあの絵は、今もしっかりまぶたの裏に焼き付いている。けれど、だからって何もしない訳には行かないだろう。没はツクリテの作品から生まれる。だからこそ、蹴りをつけるのはツクリテの義務だ。
「とりあえず、これ以上の被害を食い止めよう。一旦殴って気絶させてしまえば、俺たちで安全な場所まで引っ張っていけるだろ」
「周は時々、乱暴なことを言うね。……まあ、君が言わないならぼくから言うつもりだったけどさ」
アノンはどこから取り出したのか、くるりと銃を回しながら言った。
「銃床でこめかみを殴れば人は大抵気絶する。……まあ、脳震盪くらいはおこすかもしれないけど。死ぬよりはよっぽどマシだよね。ぼくが人を転がしておくから、周はそれを速やかに安全なところまで運んで欲しいな」
「了解」
「じゃ、まずはあの人からだね」
アノンが指し示したのは、真っ黒いメンズワンピに身を包んだ黒髪の男だった。今どき珍しいおかっぱだが、遠目にもそれが妙に様になっているのがわかる。確かにフラフラとした足取りは、幻覚に飲まれたほかの人たちを想起させる。
「でも、なんだか様子がおかしくないか?」
キョロキョロ周りを見回しては何かを探しているような。それに、何故か浮き輪を持ってるし。
と、いうか。あの佇まい、どこかで見た記憶があるんだけどな。
「もしかしたら、応援に来たツクリテかニジゲンかもしれない。少なくとも幻覚に飲まれた人間にしては何かが変だ。あっちは俺が当たるから、アノンは他を頼む」
「いいけど……何かあっても躊躇っちゃダメだよ。ミイラ取りがミイラになるなんて事ないように、きっちり意識を奪ってね」
「……」
淡々と表情一つ変えずに言うアノンは、少し場馴れしすぎてると思う。
こうしてアノンと別れた俺は、急いで黒服の男を追いかけた。
「おい、あんた何してんだ。それ以上先は危険だぞ」
しかし、振り向いたその顔を見て、俺は驚愕することになる。
なぜって?そこに居たのは、本好きなら知らぬ人はいないであろう、テレビにすら引っ張りだこの時の人。そして、俺が尊敬する数少ない物書きの1人……古筆院木春、その人だったのだから。

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