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▽ クローズ


オムニバス形式の短編として作成しましたが、プロットが吹っ飛び断念したものです。




朝靄のかかった森の中、少女は息を潜めて茂みの中にうずくまっていた。その瞳は、前方に立つ一人の男に注がれている。その距離わずか3メートル。少女はチラリと手に持ったナイフに目をやる。
不意に風が吹いて、辺りの木々が一斉にざわめいた。男の注意が一瞬そちらに向く。その時には、少女はすでに地面を蹴っていた。茂みを突っ切り、一直線に男に迫る。男が振り返るのと、少女がその胸元にナイフを突き出すのはほぼ同時。
不意打ちは、確かに成功したはずだった。
ヒゥン……ッと空気が鳴いた。つんのめる様にしゃがみこんだ少女の頭上を、ものすごい速さの回し蹴りが薙ぎ払っていく。思わず舌を打って、転がるように距離をとった少女は、辺りを見回してあれ?と首を傾げた。
男の姿がない。今の一瞬で身を隠したのか、とそこまで考えて否定する。ちがう、身を隠したんじゃない!そうじゃなくて……!!
咄嗟に頭をかばいながら振り返る。視界に映ったのは、足を振り上げた男の姿。
次の瞬間、ガードをすり抜けた男の足が少女の頭に深々と突き刺さった。


数分後。
「……痛い」
頭に出来たたんこぶを抑えながら、ジト目で男を睨む少女の姿があった。
「ごめんね、ちょうど蹴りやすい位置にあったからつい……」
少女の師匠であり、保護者でもある男は、頭をかきながら言う。そんなこと言ったってダメよ、と少女――アリサは顔を背けた。女の子の頭を踏みつけた罪は重いんだから!
「でも、防御動作はなかなか素早かったね。上達してるよアリサ」
「褒めたって許さないもん。寸止めにするってのが訓練中の約束なのに!」
「だから悪かったって」
師匠は小さく苦笑すると、「お昼にしようか」といって手元に置いたバスケットを広げ始めた。アリサは、その言葉に鼻を蠢かす。この匂いはスモークした鹿肉のサンドイッチ!大きいほうをくれたら許してあげなくもないわ。
そんなアリサの視線に気づいたのか、師匠はしばらくサンドイッチを情けない顔で見つめた後で、無言で大きいほうを放ってよこしてきた。少し機嫌を直して師匠のほうへ向きなおる。師匠は安堵の息をついて、自分もサンドイッチにかぶりついた。
「……話を戻すけど、さっきの防御動作はすごくよかった。けどまだまだ未熟なところもある。どこだか自分でわかる?」
「うーん……気配を隠すのに失敗しちゃったとこ?」
「いや、それは成功してたよ本当に近くに来るまで気付けなかった。でもそのあとの対応が悪かったな。アリサ、不意打ちが成功したと思って一瞬気を抜いたろう?」
頷く。
「相手を前に油断した、そこでまず減点一。相手から反撃がきてパニックになって、せっかくつめた距離を自分で離してしまったから減点二」
「……」
「さらに、距離を取る際に相手から視線を外した。これで減点三だね」
「むう……」
「むくれないむくれない。さっきも言ったけど、アリサはちゃんと上達してる。ゆっくり強くなっていけばいいんだよ」
師匠はにこりと笑うと、わしゃしゃアリサの頭をかき回した。
「アリサが一人前のリベレーターになるまで、俺もじっくりつきあうからさ」


アリサたちが暮らす小国、リールッド。この国今、深刻な問題を抱えていた。それは、人の心に寄生してその心を食い荒らす、エスと呼ばれる化物の存在。
そんなエスに対抗すべく、立ち上がった人々がいた。研究を重ねるうちに、ついにバグを消滅させる方法を見つけ出す。政府はその技術を国中に広め、やがて、エスを消滅させることで報酬を得る者たちが現れた。彼らは、敬意を込めてこう呼ばれている。解放するもの、リベレーターと――…。


訓練をひと通り終えて家についた頃には、アリサはすっかり疲れ果ててていた。思わずソファにぐてんと伸びてしまう。
「ううう疲れた……」
「今お茶用意するから、先に手を洗っておいで。風邪引いたら大変だろう?」
「なんで師匠はてきぱき動けるのよ」
「アリサとは鍛え方が違うからね」
すました顔で笑う師匠をジト目で見やり、なんとか体を起こす。ふらふらと洗面所に向かおうとした時、ドアベルがすごい勢い鳴り出した。
「いーちゃんありちゃん!リザだよー!開けてー」
瞬間、アリサはうえ、と顔をしかめる。
「リザ来ちゃった……こんなに疲れてるのに……私あいつのテンションについてける自信ないわ」
「ま、まあ、これも訓練だと思って……」
師匠が苦笑しながら玄関に向かった。ガチャリと開錠する音がした瞬間、風のように走りこんできた来訪者が、その勢いのままソファにダイブする。
「わあいふかふかぁ!やっぱりいーちゃんのお家は居心地がいいねぇ」
そう言ってごろんごろん転げまわるのは、アリサたちリベレーターをまとめあげるエス対策委員会――通称協会のメンバー、リザ・ノドゥス・シュトレインだ。協会の顔とも言われるほど名の通った有名人だが、アリサは内心、こんな子供っぽい奴が有名人であってたまるかと思っていた。今だって、こいつのはた迷惑なダイブのせいで、訓練の後の貴重なリラックスタイムがパァだ。自然、問いかける言葉もとげとげしいものになる。
「あんた何しに来たのよ。なんか用があってきたんででしょ」
「おおう、そうでした!」
その言葉に、リザはびしっと姿勢を正した。ふにゃふにゃした表情も、まじめなものに変わる。
「協会から、イーレ、アリサの両名に依頼です。スルビア通りに住むケビン君が、エスに憑りつかれたという情報が入りました。速やかにそちらに向かい、エスを退治してください」
「スルビア通り……この家からそう遠くないね」
お茶を沸かしながら師匠が呟いた。アリサはガクリと肩を落とす。
「えええこんな疲れてる時に……」
「ありちゃんファイトだよぅ」
「言っとくけど、原因の一つはあんたよリザ」
とげとげしく呟くアリサをなだめながら、師匠が言う。
「アリサも疲れてるみたいだし、出発はお茶を飲み終わってからにしようか。リザ、準備ができ次第すぐに向かいますって上の人たちに伝えておいてくれるかな?」
「はいはーい!すぐに伝えるね」
リザはにっこり笑って立ち上がった。
「もう行くのかい?もう少しでお茶がわくけど」
「情報は早く届けば届くほどいいのです。じゃあいーちゃん、ありちゃん!頑張ってねぇ!!」
これ、依頼書だから読んどいてねぇと書類を師匠に押し付けると、リザは風のように家を飛び出して行ってしまった。後に残されたアリサは、師匠と顔を見合わせて溜息をつく。
「なんて言うか、落ち着きないよねあいつ」
「あれで、仕事はしっかりしていくんだけどね」
師匠も苦笑気味な表情で、押し付けられた書類を見やる。
「それ今はわきにどけといてよ。お茶がまずくなるわ」
「はいはい。でも、少し休憩したらすぐ向かうよ」
「言われなくても」
勝気に笑って、アリサはぐいっとお茶をあおった。


ケビンは、少し引っ込み思案な男の子だった。
師匠がケビンの母親と事務的なやり取りをしている間、アリサはじっとケビンのことを見ていた。最初はケビンもちらちらこちらを見ていたが、今はじっと自分のひざ小僧を見つめている。
何を考えているんだろう。エスにとりつかれるって、どんな感じなんだろう。ぱっと見は本当に普通の男の子なのだ。その心に化け物が潜んでるなんて微塵も感じさせないくらい。
「……では、それでよろしくお願いします」
視界の隅に、ケビンの母親が頭を下げる姿が映った。どうやら話は終わったらしい。
「アリサ、準備はいい?」
「うん」
背筋を伸ばす。師匠はうなずいて、一本の鍵を取り出した。
この鍵は、リベレーターが仕事をするのに欠かせない大事なものだ。特殊な金属でできていて、人の心理世界へと通じる扉を開くことができる。エスは通常被害者の心に潜んでいて、現実世界では手を出せないので、リベレーターは被害者の心の中へと赴き直接エスを退治するのだ。

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