小説 | ナノ


▽ フィッシュストーリー


絵本作成企画で作成したものの元ネタです


(1)
姉さんは魚を飼っていた。
名前はヒスイ。
緑色の小さな魚だ。

(2)
ぼくはヒスイの姿を見たことがない。
でもそいつのことはよく知っている。
姉さんが話してくれたから。

(3)
ヒスイが姉さんの魚になったのは、姉さんが、学校の代わりに病院に通いだした頃。
窓を開けたら、迷い込んできたんだって。

(4)
ヒスイは、ほかの魚とちょっと違う。
まず、水を必要としない。
代わりに、姉さんの体の中に住んでいる。

(5)
それに、ヒスイはパンくずじゃなくて、太陽の光を食べて生きている。
「ヒスイの体が緑色なのは、体にヨウリョクタイを持っているからなのよ」
姉さんは笑ってそう言った。

(6)
ヒスイを飼い始めてから、姉さんはよく話すようになった。
そしてなぜか、どんどん衰弱していった。

(7)
「きっとヒスイが食べちゃったのね」
姉さんがポツリとそうこぼしたことがある。
「私、あんまりお外に行けないでしょう?
だから、ヒスイはいつもお腹を空かせてるんだわ。
それで、私の体を食べちゃったのね」
「ヒスイのこと、追い出しちゃえばいいのに」
確か、ぼくはそんなことを言ったんだと思う。
「どうして?誰かの役に立てるなんて素敵なことじゃない。
まして、可愛いヒスイのことなんだから」
それを聞いて、泣きたくなったのを覚えてる。

(8)
ぼくはヒスイが嫌いだった。
殺してやろうかとも思った。
ぼくはいつだってヒスイを殺せたんだ。たった一言、姉さんに言ってやればいいだけだもの。
だけど、ぼくはヒスイを殺さなかった。
ヒスイのことは嫌いだけど、ヒスイの話をしている姉さんは、
とてもとても好きだったから。

(9)
姉さんが、別れを意識し始めたのはいつだろう。
もしかしたら、ヒスイを飼い始めた頃には、とっくに予感していたのかもしれない。
「私が死んだら、この体はヒスイに食べさせてあげてね」
よく、そんな事を言っていたから。
「姉さんは、死ぬのが怖くないの?」
ぼくが泣きながらそう聞くと、姉さんは、頭をなでながら笑ったっけ。

(10)
「私がいなくなったら、ヒスイは次の住処を探さなくちゃ。
きっと長旅になる。だから、それに備えて、私をヒスイに食べてもらうの。
そして、ヒスイと一緒に旅に出るのよ。
ずっと病院にいたから、見たことないものがたくさんあるの。
きっと素晴らしい出会いが待ってるわ。
だから、私、死ぬのがちっとも怖くないの」
そう言って姉さんは、嬉しそうに笑った。

(11)
今はもう、姉さんはここにはいない。
最後に姉さんに会ったのは、えんとつがいくつも並ぶ建物の中。
姉さんの体は、まるで何かに食べられたように、
すっかり骨だけになっていた。

(12)
姉さんの骨は土に埋められた。
ぼくは、姉さんがヒスイと旅をしているところを想像してみる。
でも、ちっともうまくできなかった。

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