小説 | ナノ


▽ 羽根突きとお年玉


どこかで除夜の鐘が鳴った。
ちゅるんと蕎麦をすすって、ライルが猫のように目を細める。
「新年明けまして、おめでとうございます」



正月特有のだらけた空気は、年下コンビや問題児コンビはもちろんあのメイルにさえ伝染するらしい。
「すみません寝坊しました!早く起きてください ……!」
翌朝メイルが起こしに来たのは、もう十時をだいぶ回ったころだった。先に下に行っててくださいと言われたので、眠い目をこすりながらリビングに下りる。リビングでは、同じようにたたき起こされたらしい皆が、寝起きの顔をつき合わせていた。
「ねえ、なんで僕たちこんなに早く起こされたの?もうちょっとお布団の暖かさを満喫したかったんだけど」
「さあ ……」
そろって首をかしげていると、服の山を大量に抱えたメイルがリビングに現れた。早速ショコラがメイルにまとわりつく。
「メイル!それなにー?」
「袴と振袖です」
そう言って、どさっと服の山を床に下ろす。
「え、なんで袴」
「何言ってるんですか。今日は初詣に行く日でしょう?」
てきぱきとそれぞれに服を配りながら、メイルは呆れたようにそう言った。初詣 ……そういやそんなイベントもあったっけ。
「さっさとお雑煮食べて、早めに初詣済ませちゃいましょう」
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで眠そうだったライルとリツがかっと目を見開いた。
「お雑煮!待ってました!!」
「全員が着替えた後ですからね!」
「はい!」
優等生の返事を返して、二人がてきぱきと動き始める。あれ?こいつらこんなに素直なキャラだったっけ?
思わず唖然と眺めている間に手早く着替えを終えた二人は、今度はほかの皆の手伝いに回る。いつもは苦手としてる年少コンビに丁寧に着付けをしてやってる問題児コンビとか見てると、なんていうかその ……。
「気持ち悪い」
「ライルもリツもお餅大好きっ子だからね〜。ほら、こときも早く着替えないとあの二人の餌食になるよ〜?」
その言葉が聞こえたのか、二人は顔を上げてさわやかに微笑みかけてきた。俺もあわてて着替えを始める。
それからしばらく、二人の滅多に見られない優等生モードが続いたのだった。 ……雑煮を食べ終わるまでは。


それはもはや、羽根突きと呼べるものではなかった。
カンカンカンカンと、ほぼノータイムで響く突き音。時折奇声と、筆が絵の具に突っ込まれるような音もする。犯人はもちろん問題児二人組みだ。
いやまあ、俺たちと関係ないところで勝手にやってくれるんだったら何の問題もないんだけどな?
何でお前らは、雑煮食ってる俺たちのすぐ後ろでやってるんだよ。
「せいッ!」
「 ……ッ!!」
気合のこもった声となにやら殺人的な突き音の後ろで、黙々と食べ続ける俺たち。スカイはいつも通り何考えてるかわからないし、年少組は雑煮に夢中。時折眉をぴくんぴくんと跳ねさせているあたり、多分メイルは切れかけてる。
「 ……あの、」
とうとう我慢できなくなったのか、メイルが言葉を発した。その言葉ににじんだ怒りに気づいたのか「え、何?」とライルが墨だらけの顔だけこっちに向ける。
その一瞬の隙を見逃すリツではなかった。
ダァンッと強く床を踏み込むと、素人目にも惚れ惚れするフォームで腕を振りかぶる。弾丸もかくやという勢いで打ち返された羽は、ライルが向き直った時には顔面スレスレのところまで迫っていた。おいあれ当たったら痛いじゃ済まないんじゃないか。
さっきまで雑煮に夢中だったショコラも、泣きそうな声で叫ぶ。
「み、緑兄!危ない…!!」
その言葉がライルの心に火をつけた。
「な……なめるなぁっ!!」
それからライルが見せた動きは、ファインプレーと呼ぶに相応しいものだっただろう。体をのけ反らせて羽を回避しつつ、その体勢のまま打ち返すという離れ業をやってのけたのだ。
しかし、残念ながら俺達には、そのプレイを賞賛する余裕なんて一欠けらもなかった。
なぜなら、ライルが打ち返した羽が、雑煮を食べてる俺達の所へ真っすぐ向かってきていたから。
……たかが羽突きの羽くらいとか思った奴は土下座してもう一回読み返して来い。弾丸のようなスピードで飛んで来るんだぞ……!?
「きゃああああああっっ!!!」
隣に座っていたミウが悲鳴をあげる。情けないことに、俺はその場で固まってしまった。もしかして俺はここで死ぬのだろうか。そして死後、机の引き出しから黒歴史が発掘されて皆の笑い者になるのだろうか。やっぱりあれだけは燃やしておくべきだったのだ!
……結論から言うと、羽は俺に当たることはなかった。どうやら黒歴史は誰にもばれずにすんだらしい。ものすごい恐怖体験だった。
ライル、素晴らしいプレイをありがとう。一生許さない。
「わ……私生きてる!生きてるよね!」
「ミウちゃああん!!」
すぐ横で、年少コンビがお互いの生還を喜びあう。スカイは、「すごいプレイだったねぇ」と脳天気に拍手していた。こいつ心臓に毛が生えてるんじゃないか。そしてメイル……メイル?
「……」
メイルは、右手を抑えたまま呆然とした表情で床を見つめていた。視線の先にあるのは、ひっくり返ったお椀と散らばった箸。
それを見た瞬間、俺は思わず合掌していた。ライルやらかしたな。一番怒らせてはいけない人に当てるとは……。
ライルもそれを察したのか、顔を青ざめさせる。
「あの……メイル……さん?」
恐怖のあまり敬語だ。
「……」
メイルは呼びかけにも答えない。その顔に様々な感情が走る。
まるで爆発寸前の爆弾のようだ。
思わず息を潜めて様子を伺っていると、メイルはやがてはあぁ……と大きなため息をついた。






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