小説 | ナノ


▽ だだ甘。


白くてもちりとした塊が、細い指につままれて甘く潰れた。ユキはそうしてしばらくマシュマロの感触を楽しんでいたけれど、ふっと飽きたような顔をして徐に口に放り込む。
「実は、あんまり好きじゃないんだよね、これ」
「そうなのか?」
「うん。ツユは大好きみたいだけど」
菓子箱にパンパンに詰められたお得用の袋を見て、彼はうんざりと眉をしかめた。その様子が面白くて、圭は少し笑う。彼は、甘いだけの食べものがあまり得意ではない。今だって、口が寂しいと仕方なく手に取ったはいいものの、すでに持て余しているようだった。
「今度、マシュマロ以外のお菓子も買っておくように伝えてよ。圭からの言葉なら、ツユも素直に聞くかもしれない」
「はいはい、了解」
「それで?圭は今どんなお菓子を溜め込んでるのかな?」
よっぽど口が寂しいらしい。くるりと目を向けてそわそわと体をゆする彼は、多分、自分がどれだけ子供っぽい顔をしているかも気づいていないだろう。
いや、気にしていないだけ、かもしれないが。
甘えるような態度を見せてくるようになったのは、最近のことだ。そんな彼のことが愛おしいし、願いを叶えてやりたいと思う。実際、圭先輩は白に甘いよね、と露葉もむくれるくらい、自分は彼に甘いのだろう。
それで彼が少しだけ、安心していることも知っている。
が、今回だけはダメだ。
「ユキ、露葉の菓子箱の中は見たんだろ」
「うん、マシュマロが底の方までぎっちり入ってた」
「俺のもなんだ」
「え」
「お得用価格からさらに割り引かれていたせいで、思わず買いすぎてしまったらしくてさ。あいつが、マシュマロが意外と嵩張ることに気づいたのは、家に帰ってからだったよ」
ぽかん、とユキは口を半開きにしたまま固まった。顎を掴んでそっと閉じてやると、唇の隙間から「はーー」と長々としたため息が漏れる。
「食べすぎると太るよとも伝えといて……」
「露葉も反省してるみたいだから許してやって」
先輩の菓子箱まで占領しちゃってごめんねと、萎れていた彼の姿を思いだす。孤児院での暮らしが長かったせいか、彼は少し貧乏性で、そして時々暴走した。溢れた菓子が圭の菓子箱を占領したのも、これが初めてのことではない。
「本当に二人は味覚が全然違うよな。やっぱりあの甘さがダメなのか」
「ああ、うん。それもある。あんなに強い甘みじゃないと満足できないなんて、ほんとに同じ舌を持ってるのかな」
「まあ、確かに、露葉はなんだって味が濃いものが好むところがあるな。……それもってことは、他に理由が?」
「マシュマロなんて、だだ甘なだけで、食感も匂いも特にない。気がつけば口の中から消えてるでしょう。なんか掴み所ないというか、無責任じゃない?」
ん、と圭は言葉に詰まった。その言葉を、ユキに言われるのは辛かった。
怒ってるわけでは、ないけれど。それでもその言葉は見過ごせない。
だから圭は、腹に力を込めて言う。
「でも、今はこの多すぎるマシュマロを先に消費した方が建設的だと思うぞ」
「そんなこと言われたって……僕はマシュマロはそんなに量食べれないよ。ツユでもきついんじゃないの」
案の定、ユキはすぐに口を尖らせた。そんな彼の興味を引くために、圭は「へへ」と、わざと得意げに鼻を擦る。
「秘策がある。多分、これならお前でも食べやすいんじゃないかな。いや、飲みやすい、か?」
「……?」
わけがわからないと首を傾げる彼に背を向ける。これ以上彼といたら、緊張を気取られてしまいそうだった。
無責任とのたまう彼の、侮蔑の視線を思い出す。
「絶対、撤回してもらうからな」
圭はそう呟くと、台所に向き直った。


嗅ぎなれた匂いに、すん、とユキが鼻を鳴らした。
「コーヒー入れてるの?」
「ああ。好きだろ?お前」
手元を見たままそういえば、うん、と素直な返事が返ってくる。ユキは機嫌が悪い時だって、コーヒーを目の前にすればいつも少し態度が柔らかくなるほどのコーヒー好きだ。理由も、以前こっそり教えてもらった。恥ずかしいから、露葉にも内緒なんだそうだ。
慎重な手つきで、いつもより、気持ち濃いめに入れてやる。マグカップに注いでユキのところに戻れば、彼は2つ目のマシュマロを弄んでいるところだった。
「あれ、ブラックだ。牛乳まで切らしてるの?」
中身を覗き込んで、ユキは訝しげな顔をした。ミルクをたっぷり入れる彼の好みを、圭が知らないわけがない。
「あ、わかった。苦いものと甘いものを交互に食べようって趣旨なんだ?」
「惜しい。でもそれだと面白みがないだろ?」
圭は袋からマシュマロをつまみ上げると、そっとマグカップの中に落とす。慌ててユキがすくい上げようとするが、スプーンが触れた瞬間マシュマロは形をなくしてとろりと解けた。
「わ!何するの、溶けちゃったじゃん」
「それでいいんだよ。で、最後にシナモンを振りかける」
「せっかくのコーヒーなのに……牛乳だって、本当はあるんでしょ……?」
すでに半分怒ったような顔で手元を見つめるユキ。圭は最後にふぅふぅと息を吹きかけ冷ましてやってから、彼の前にマグカップを置く。
どんなに文句を言ったって、圭の用意するものならとりあえず受け取る彼のことだ。しばらくじっとコーヒーを見つめていたけれど、やがてゆっくりと両手で持ち上げた。
一口。途端、釣り上げられた目元が、驚きで丸くなる。
「……美味しい」
「マシュマロコーヒーって言うんだよ。ブラックのままでも美味しいけど、マシュマロが溶け込むとより一層深みのある味になるんだ」
「マシュマロも結構、いい仕事するだろ」。そう言ってやれば、ユキはきょとんとした顔をして、それからくすぐったそうに首をすくめる。
「なるほど。やけにこだわるなと思ったら、そういうことかぁ」
「笑うなよ。お前が先に言い出したんだろ」
意地を張っているのがばれると、これがなかなか恥ずかしい。ユキはしばらく、目をそらす圭を楽しそうに見つめていたが、ふっと手元のコーヒーに目を落とす。何故か、その顔が少し強ばった。
「それじゃあさ、圭は、マシュマロコーヒーとマシュマロ、どっちが好きなの?」
ぽつんと零された問いに、圭は目を瞬かせてユキの顔を見やった。さっきまでの無邪気に楽しむような声音と違って、まるで泣いてるような声だったから。答えに迷って、マグカップの中を見下ろす。真っ黒いコーヒーに、甘く蕩けた白い塊。それでようやくピンと来た。
「どっちも好きだけど、強いて言うなら、やっぱりコーヒーに溶かした方が好きかな」
声が震えていないか、不安になった。嘘をつくのは得意なはずなのに。
ユキは圭の目をのぞき込む。「そう」とだけ言って、ひっそりと微笑んだ。その表情は、安心したようでもあったし、寂しそうでもあった。
「僕もマシュマロコーヒーの方が好き」
言い聞かせるような口調だった。彼はマグカップを取り上げると、こくこくと喉を鳴らして飲み干してしまう。
「美味しかった。ご馳走様」
この話は終わり、と言うように、彼は音を立ててマグカップを置く。
その底には、黒いコーヒーだけが、輪っかになって残っていた。


少し名残惜しそうな顔のまま、ユキが箱にマシュマロを戻した。蓋を閉めてから、圭の肩に頭を乗せる。なんだか今日の彼はいつもより寂しがり屋みたいだな、と、圭はその肩を抱き寄せながら思う。
「さっきのやつ、マシュマロコーヒーだっけ?ツユにも教えてあげるんでしょ。案外直ぐになくなっちゃうかもね」
そう笑う声も少し無理をしているみたいな声で。圭は少し切なくなって、ふわふわの髪をかき分けた。
「いいや、あれは俺とお前だけの秘密にしようって思ってたんだけど。2人だけの秘密ってなんだか浪漫あるだろ」
耳元でそう囁いてやれば、ぴくんと彼の体が強ばった。安心しろよというように、その肩を優しくさすってやる。
彼は多分、不安だったのだ。優しい日々に自分で爪を立てるくせ、そのせいですぐ不安定になる。面倒だとは思わなかった。彼の領分を侵しているのは圭の方だ。
だからせめて、こうして側にいようと思った。
しばらくそうしていると、ユキは少し落ち着いてきたようだった。今更照れてきたのだろう、わざと意地悪な口調で言う。
「君は、自分からしんどいもの背負い込むよね。さっきだっていっぱいいっぱいって感じだったのに」
やっぱり彼は手厳しい。それに、圭のつく嘘はお見通しだ。意地くらいはらせてくれよ、と苦笑した圭は、「それに」と言って、そっと彼の頬に掌を添える。
「お前は、それを望んでるんじゃないかと思ってさ」
いつまでも主導権は譲ってやらない。すり、と頬を撫でてやれば、今度こそユキは言葉に詰まった。しばらく唇をわななかせ、それからふっと俯く。
「ずるい」
うん、と圭は温かな声で言う。一瞬泣きそうに歪んだ目元は、見ないふりをした。
「実は俺は、お前にめちゃくちゃ甘いんだ」
俯いたまま、ユキは圭の手に自分の手を重ね合わせる。甘いものが嫌いなはずの彼の声は、圭に負けず劣らず、甘やかだった。
「ん、知ってる」

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