小説 | ナノ


▽ エピローグ


 結局、俺たちが家に帰り着いたのは、すっかり空が明るくなった頃だった。傷だらけでフラフラになった俺たちを見て、トレイズは「ボロボロだな」と言って少し笑った。その日は店に休業の札をかけ、干していない貴重な肉やお菓子を引っ張り出してささやかなお祝いをする。ライゼはいかにヘクセが強大だったかを熱心に語り、それにトレイズはいちいち大げさなリアクションを返しながら聞いていた。
 そして翌日。
 あくびを噛み殺しながらリビングに降りると、なにやらライゼがバタバタと忙しそうに動き回っているのが目に入った。
「えーっと、携帯食料と着替えと、毛布も持っていったほうがいいよね」
「何してるんだ?」
「あ、ゼーレくん、おはよう。ほら、とりあえずヘクセの件も一段落着いたでしょう?だから、首都に報告に戻ろうと思って」
 鞄にぎゅうぎゅうと毛布を押し込みながらライゼは答える。まるで気負いのない声で、一瞬聞き逃しそうになった。
「……ああ」
 最近はいるのが当たり前になっていたから、意識することもなくなっていたけれど、そういえばこいつはただの居候だった。それにしたって急な話だが。
 そうか。もう、帰るのか。
「報告するまでがお仕事だからね」
 毛布を入れるのは諦めたらしく、鞄に紐でくくりつけながら彼女は笑う。その顔を眺めていて、ふと思い出したことがあった。机の引き出しを開け、中に入っていたものを握り締める。
「ライゼ。お前に渡したいものがあったんだ」
「え、なあに?」
 振り返った彼女の手の上に、握っていたものを置く。瞬間、彼女の瞳が輝いた。
「わあ、可愛い!」
 それは、イチカの押し花を透明な蜜で固めた髪留めだった。
「少し余ったから作ってみたんだ。イチカの花、気に入っていたみたいだったから」
「あ……覚えててくれたんだ」
 はにかむように笑って、彼女はいそいそと自分の髪に髪留めを刺す。
「どう?」
「うん。似合ってる」
 実際、深い青い花は、彼女の明るい髪色に良く映えた。ライゼは嬉しそうに何度も髪留めに手をやる。
「ありがとう!大事にするね、ゼーレくん」
「どういたしまして。喜んでもらえたなら良かった」
 彼女が俺にしてくれたことへの、お礼のつもりで用意した髪留め。思った以上に気に入ってくれたようで、作った甲斐があったというものだ。
「本当は、これだけじゃ全然足りないんだけどな」
 自分を信じること。そのために俺にできること。彼女が教えてくれた大切なこと。きっと、忘れることはないだろう。
「まあ、なんだ。色々あったけど、お前との生活も結構楽しかったよ。……この村によることがあったら、寄ってってくれ。少し薬を安くしてやるから」
 そこまで言って、ようやく、ライゼが不思議そうな顔でこちらを見ていることに気がついた。
「……?俺は、何か変なことを言ったか」
「ええと、首都に戻るって言っても、あくまで報告しに行くだけだから。すぐ戻ってくるよ?」
「……は?」
「ほら、ヘクセの被害が本当に収まるか、経過観察しなきゃいけないし」
「え」
「あ、それでねゼーレくん、もしよかったら、報告に同行してくれると嬉しいんだけど……ほら、病気のこととかは、専門家から話してもらったほうがわかりやすいでしょう」
「……」
 なんだそれ。
 意味を理解するにつれ、頬がじんわりと熱を持った。俺は慌てて口元を押さえる。不思議そうなライゼの視線が痛かった。そろそろと視線を逸らせば、にやにやと笑うトレイズと目があう。
「どうしたゼーレ。勝手にこれでお別れかと勘違いして、感傷的な気分になってましたみたいな顔をしてるぞ」
「う……」
「そうなの?ゼーレくん」
 首をかしげたまま、純粋そうな声音で言われて、ついに羞恥が限界に達した。
「か、返してくれ」
 顔を逸らしながら、ライゼに手を伸ばす。
「え、な、何を?」
「さっきあげたヘアピン、返してくれ」
 それを聞いたライゼは素早くバックステップで距離をとった。
「嫌だよ。もう私のものだもの」
「はは、まあ諦めなよゼーレ」
 笑いながら肩を叩くトレイズを思睨みつける。確かに勘違いしたのは俺だが、羞恥を煽ったのはほかでもないお前だ。
「それで、一緒に同行する件はどう?大丈夫そう?」
「首都まで行って帰って、どれくらいかかるんだったか?」
「ええと、だいたい一週間くらいかな?報告したりすることも考えると、十日くらいは見たほうがいいと思う」
「やっぱり結構距離あるんだな……そんなに長い間、店を空けるわけにも……」
 言いかけた俺を制したのは、トレイズだった。
「いいから行ってこいよ、ゼーレ」
 はっきりした声に、俺は訝しげに振り返る。
「でも」
「まだお前みたいに薬作ったりとかは難しいけどさ。店番だけなら、俺もできるから。首都に行けよ、ゼーレ。それで、色々勉強してこい」
 その言葉に、俺はハッとしてトレイズの顔をみやった。
「お前のその才能、この村だけで腐らせるなんてもったいないぜ。首都には、薬学の権威がたくさんいるんだろ?これを機に、情報交換でもしてきたらどうだ」
「あ、それに、首都にはとっても大きな図書館があるよ。ゼーレくんが読んだことない本も、たくさんあるんじゃない?」
 ライゼが続けた言葉に、心がぐらりと揺れる。
 ……正直、首都にはいつか、行ってみたいと思っていた。この村では得られないであろう専門的な知識が集まる大都市。
 そしてなにより、ライゼが生まれ育った街だ。羽根の善し悪しではなく、その人となりを見てくれるという街を、一度この目で見てみたかった。
「決まりだな」
 力強い声で、トレイズが言う。
「留守は任せろ」
「行こう、ゼーレくん」
 差し出された手を強く握る。皆ひとりひとりに目を合わせる。
 こんな俺のことを、信じてくれたことに、たくさんの感謝を込めて。
 俺は笑った。
「行ってきます」

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