小説 | ナノ


▽ あやせり模擬戦


「お手柔らかにお願いします」
そう言って礼をする小さな頭を見下ろして、セリナは口の端を吊り上げた。手を抜くつもりなどまったくない。それは相手もわかっているだろう。上っ面だけの殊勝な態度は、セリナにはひどく滑稽に映った。
ゆるりと大きく息をしながら腰を落とす。視界の隅で、審判がゆっくりと手を振り上げるのが見えた。
「――始めッ」
その手が振り下ろされると同時に、セリナは弾かれたように横に飛ぶ。瞬間、稲妻のように空を走った銀色の蛇が、先程までセリナがいた地面を深く抉った。
「……」
不意打ちに近い先制攻撃をあっさりとかわされ、礼は小さく目を細める。しなりながら飛ぶ鞭剣は、その性質上、突きに比べて横に払う動作は初動が遅い。セリナには簡単に捌かれてしまうと判断したのか、剣を引き戻しながら距離を取ろうと後ろに飛ぶ。セリナの口元が楽しそうに歪んだ。
甘いなぁ、あやちゃん。
全身の筋肉に力をこめる。足で強く地面を蹴り、セリナの体は矢のように速く礼へと迫った。縦横無尽に空を駆け、相手を寄せ付けない鞭剣も、引き戻す動作の間だけは攻撃へ移れない。この勝機を逃すつもりはなかった。突進の勢いそのままに、全体重を込めた拳をその小綺麗な顔に叩きこむ。寸前、礼は這うほどに身を低くしてそれをかわした。風圧で髪が数本千切れるのも構わず、大きく剣を横に振るう。ち、と舌打ちをして、セリナがわずかに後ろに下がる。
「その剣、ほんまめんどいわぁ」
「あっさりかわしたあなたが言うことではないと思いますが」
すっと立ち上がり体勢を立て直した礼が、相変わらず生真面目な声でそう言った。
「遠くの敵には鞭で、近くの敵には剣で、なんて、なんやせせこましくない?」
「そう言う割には、楽しそうな顔をしていますよ」
セリナは袖で口元を隠してうっそりと笑う。ぴりり、と空気に緊張が走った。
口元を隠したまま、セリナは目を細めて礼の挙動を窺う。余分な力が抜けた、隙のない立ち姿。向こうから動く様子はない。大方、こちらが気を緩めた隙に、再び突きを繰り出すつもりなのだろう。セリナといえど、神速で伸びてくる剣先を何度もかわせる自信はない。かといって、近接戦闘は礼が最も警戒しているはずだ。そう何度も接近する隙を見せてくれるとは思わなかった。
まあ、それならそれでやりようはあるんやけどね。
ごく自然な態度で、ほんの少しだけ相手に対する意識を緩める。攻撃を誘うための一手。こういった戦闘における駆け引きは、ずば抜けている自信があった。案の定、あやの右手が閃いて、銀色の蛇が一直線に伸びてくる。それをセリナは、体を横に倒して避けた。剣先が頬をかすめ、血風が風に舞う。
……僅かな隙をつくその技量は、確かなものではあったろう。だが、やはりまだ甘い。
「……!」
今度こそ、礼は驚愕に目をみはった。伸びきった剣の、刃と刃をつなぐ鋼糸。その鋼糸を掴み取り、強く引き寄せたのだ。剣に引かれ、礼の体勢が大きく流れる。咄嗟に剣を捨て両手で体をかばう。瞬時に距離を詰めたセリナが、ガードの隙間を縫って思い切り膝を突き上げた。
ぐぅ、と内臓を押し上げる感覚。ふわり、と礼の体が浮き上がり、受け身も取れずに地面にくずおれる。えづく背中を見下ろして、ようやくセリナは緊張を解いた。
「そこまで!」
審判が笛を鳴らす。未だに咳き込む礼の背中を大きな手のひらでさすりながら、セリナはからからと笑い声をあげた。
「ごめんなぁ、なんやいいところ入ってしまったみたいで」
勿論、わざとやったんやけど。荒事に関しては勝ちを譲る気はさらさらなかった。ようやく呼吸を整えた礼が、差し出した手に縋りながら立ち上がる。
「いえ、こちらの力不足です。……また、手合わせをお願いできますか」
土を舐めたばかりだというのに、礼の声は微塵も揺らがない。何処までも自然体な彼の様子に、セリナは内心苦笑する。試合には確かに勝ったのに、なんだか一度も、彼を負かせた気はしなかった。それが面白いから、こうしてつるんでいるんだけれど。
あと何回転がせば、悔しそうな顔を見せてくれるのか。それとも一生、彼はこうして変わらないのか。
「精々長いこと楽しませてね、あやちゃん」
試合開始の合図を待ちながら、セリナはそう言って楽しそうに笑った。

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