小説 | ナノ


▽ 2


 店から一歩出たとたん、強い風が吹き付けてきて、俺は慌てて外套の襟を抑えた。暦の上では春を迎えたとは言え、まだ日も昇らぬ早朝のこと。外気はキンキンに冷え切っていて、吐く息がたちまち白く凍る。周りを見回せば、目に入るのは大人30人でも抱えきれないような太い幹を持つ大樹の数々だ。
 ここは巨大樹の森。豊かな土と豊富な水、植物にとって最適な環境を備えた土地だ。木々は大きく育ち、独自の植物が多数生息している。頭上を見上げれば、木々の隙間に、星と混じって鳥族の村の明かりがチラチラ揺れているのが見えた。
「さっさと採取して店に戻ろう」
 早くしないと氷像になってしまう、と独りごちながらカンテラの燃料を入れ替える。この油はクルワという植物から抽出した特別製だ。独特の臭気を発し、魔物を遠ざける効果がある。ろくに魔物と戦う術を持たない俺みたいな一般人が森に入るなら、必須とも言える道具だった。
  お守りのようにカンテラを掲げて、森の中に踏み入っていく。早朝の森は、まるでここだけ夜の中に取り残されているようだ。日差しは梢に遮られ、全ての命が寝静まっているかのごとく、奇妙な静けさに満ちている。ただ、足音だけがザクザクと大きく響き渡っていた。
 昔から、この静けさは嫌いではなかった。それでもふと不安に襲われたのは、何かが引っかかったからだ。
「……そうか、静かすぎるんだ」
 足を止め、ぐるりとそびえ立つ木々を見回す。たとえどれだけ静かだろうと、森は生き物の宝庫だ。鳥の羽ばたき、獣の鳴き声。意識を凝らせば、あちらこちらから息遣いが聞こえてくるのが常だった。それが、今日は全く感じられない。代わりに、空気が緊張でピリピリと張り詰めている。
「どこかで大型の魔物でも暴れているのか……?」
もしそうなら、なおさら早く戻ったほうがいいだろう。大型の魔物はひどく凶暴で、クルワの匂いでも追い払えないことが多い。自然、先を急ぐ足が早まる。小川を超え、節くれだった大木をぐるりと迂回すれば、イチカが生息する丘はもうすぐそこだ。

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