小説 | ナノ


▽ キミのとなり 2


「キリカの作品は、心理描写はいいけど、情景描写が甘いとかさ。色々言われてるじゃん 」
もちろん同意を求めてるわけじゃない。これは予防線だ。もし灰原から否定的な言葉が飛び出しても、そうだよねーと笑いあうための。
灰原は無表情でそんなぼくを見つめていたけれど、やがてぽつりと呟いた。
「それ、お前の感想?」
「違うけど……」
「お前は、それ読んでどう感じた?」
「え?」
まさか、灰原が他人に同意を求めてくるとは思わなくて、思わず素で驚いてしまった。
「お前の感想は?」
「ぼくは……」
どうだっただろう、と記憶を探る。推敲のための読み直しならまだ記憶に新しいが、灰原の言ってるのはそういうものではない気がする。作家としてではなくて、一読者として。
「……生々しかった」
呟いてから、ああ、そうだったと思い出した 。生々しかった。そして怖かった。ストーリーはべつに怖い話じゃないのに。
時々、キリカの作品はぼくが書いたんじゃないんじゃないかと錯覚する。これはキリカという全く知らない誰かが書いた本で、キリカ の痛みが綴られているんじゃないか 。だからこんなに、読んでるこっちまで、苦しくなってくるんじゃないか。
「そうだよな」
視界の向こうで、灰原もそっと頷いたのが見えた。
「キリカの作品は生々しい。だから読んでて苦しくなる。もう読むのをやめようかって思う」
熱が篭って揺らいだ声で、灰原は言葉を紡ぐ 。
「でも、痛いだけじゃなくて。そこには救いもあるんだ。守ってくれている人とか、そっと背を押してくれる人とか」
「……いつもより饒舌だね」
面と向かって褒められる事もあんまりなかったから、思わず茶化してそう言うと、彼はやっぱり静かに凪いだ目を向けてきた。
「お前が、ただキリカ嫌いっつうなら、無視するところだったけど」
「……」
「なんか、自棄になってるように見えたから 」
「そうかな」
「お前、キリカ嫌いなの?」 「……どうだろ。わかんない」
頭を振ると、灰原はやっぱりふうんと頷いて 、
「俺は嫌いじゃないけど」
そう言った。
思わず目を見開いて固まってから、ぼくはやれやれと頭を振る。
「……全く、」
全く、なんでそういう事、真顔で言うかな。

──茶化すに茶化せなくなっちゃうじゃん。


紅葉も含め全ての本を戻し終えて、ぼく達はまたカウンターに戻っていた。灰原はあれからむっつりと黙り込み、いつも通り話し掛けんなオーラを出しまくっている。こいつ、ぼ くより接客苦手なんじゃない……?
そういうぼくはどうかと言うと、あれから数人声をかけてきた。べつに笑ったりなんかしてないんだけどな。もしかして、さっきの灰原との会話が原因?なんて、これほど嘘臭いこともない。


望とシオリが書庫整理の方に行ってしまったため、ぼくと灰原だけが座るカウンター席。 最初の返却ラッシュも過ぎて、今は静かだ。 時々、一人か二人本を借りにくるくらい。
礼を言うなら今だと思い、本を眺めながらさりげなく言ってみる。
「……さっきはありがと」
「……」
灰原は答えない。やっぱりそっぽを向いたま ま。
君は知らないだろうね。さっきの言葉が、どれだけ“ぼく”に響いたかなんて。


作家っていうのは、無力な生き方だと思う。 作家にできるのは、自分の言葉を、顔も見えない誰かに届けるだけ。その言葉も大半は、 誰にも受けとってもらえずに地面に落ちて、 ほかの雑多な言葉達に紛れてしまう。
それでも、その言葉を拾い上げてくれる人達がいた。その言葉を受けとって、好きだと言ってくれる人がいた。
その存在を、君の言葉で、ようやく思い出したよ。
「さっき、君はキリカを、嫌いじゃないって 言ったよね」
嫌いじゃない。今はそれでいい。でもいつか 、好きになってもらいたい。君から、その言葉を聞きたいから。

だからぼくは、作家をするんだ。

「なんで、キリカに対しての言葉にお前が礼 を言うんだよ」
そっぽを向いたまま、灰原が唸るように言う 。
「君が言ったんじゃん。お前は自棄になって るんじゃないのかって」
「……」
「ぼくはやっぱりキリカ好きだから。だから 、ありがと」
キリカが好きなんて、大したナルシストっぷりだなぁ、なんて自分を揶揄してみるけど。
この言葉は嘘じゃないといいな、なんて思ったりして。
「……俺には関係ない」 「……ん。そだね」
思わず苦笑が出てしまう、こんなやり取りも 。ぼくは好きだよ。……なんて、ね。


図書館は、好き。 図書館業務は、嫌い。

キミのとなりは──…。





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