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「藍って、哀とも読めるよね。哀しいって方の。」
「…アイアイは今、哀しいの?」
「さぁね。ボクに心を感じることは出来ないから。」
今、二人がいる場所は医務室という部屋。先程起きた事故で嶺二が軽傷を負ってしまったために治療をしにきたのだ。
ていうか、こんな状態のアイアイをあそこにおいとくっていうのが嫌だ。今一人にさせるのは危なっかしすぎる。
「心は、誰にだってあるさ。」
「物にも?」
自分の思ったことを言うと、返ってきた言葉は予想外で…。こんなことは滅多に無いんだけど、言葉に詰まった。
***
目の前にいる彼は少し困ったような、それでいてどこか考えてもいるようだった。
…ごめんなさい。そんな顔をさせたいわけではないのに。
「正直言うと、哀しい気持ちは何となく分かる気がする。昔から哀だけはよく経験してたから。」
前世だけどね。
「…アイアイは、哀しい気持ちが分かるんだ?」
「そうだね、理解することなら出来るかもしれない。」
「哀しい気持ちだけなんて、何も楽しくない。…アイアイはもっと世界を知るべきだ。」
「世界を…知る?」
「そうさ。生きている中で、何度だって楽しいことは起こる。世界にはそんな“物”で溢れてるじゃないか!」
そうだ…。
ボクにはまだまだ時間がいるのかもしれない。ボクになってもう15年、然れど15年。私の世界は残念ながら終わってしまったけれど、ボクの世界はまだ終わってない。そう、簡単な事だったんだ。
これまで頭の隅に追いやっていた考えを、さぁ、今行おうか。
大嫌いな私の世界。
大好きだったお母さん。
それから、
愛を知らなかった私。
これからはボクの世界。
だから、バイバイ。
頭に感じる熱。それは嶺二の大きな手で、優しく撫でられていた。
ねぇ、神様。
ボクにも、私にも泣く権利はあるでしょうか
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