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これは少し昔のお話し。
まだ彼が彼女だった時の話しだ。

彼女がこの世に生まれた日はとても夕焼けが綺麗で、母親の病室の窓からはそれがとても鮮明に見えたらしい。

彼女を見たとき、母は泣いた。理由は単純で、しかしとても深い。嬉しい、という気持ちからでた嬉し涙だった。

彼女がまだ言葉を知らない時、母は何時も歌を歌っていた。最近流行りの歌、子守唄、とても幅広く、且つ綺麗な歌声で。

彼女が少し成長して、少し言葉を覚え始めた時、母は段々と弱っていった。父はいたのか、いなかったのか…。

彼女が学校へ行くようになった時、母は彼女の姿を映さなくなった。世界を映さなくなった。

彼女は確かに愛されていた。


*** ***


「邪魔。」

淡々と告げられ、体を突き飛ばされる。まるで物を投げるかのように。いや、彼女達にとっては自分などただの物に過ぎないのだろう。

「何か知らない人がいるんだけど。」

「ここ、関係者以外立入禁止だから出ていってもらえる?」

そういわれ、目の前の扉を閉められる。あぁ、また追い出された。私だって関係者なのに。

ここは演劇を習う所。もうすぐ大きな発表会もあるということで、皆ピリピリしている。しかし、この行為は今に始まった事ではない。何時、何故こんなことになってしまったのか何て、私には分からない。

「今回、主役なのに…なぁ。」

役決めの時、主役に抜擢されたのは何と私だった。今までの努力が報われたのだと喜んだのも束の間、私は練習に出させてもらえなくなった。先生達はきっとサボりだと思っているだろう。

最悪、最悪、最悪、最悪

きっと普通の子だと泣いてしまうであろう事も沢山されてきた。現に今だってそうだ。でも私は泣かない。これは強がりとかではなくて、泣けないのだ。泣き方を忘れてしまったのだ。

怒る演技も、笑う演技も出来る。悲しむ演技だって出来るのに、何故か泣く演技はできないのだ。

とりあえず、ここにいたってきっと何もならないから今日は帰ろう。そう思い立ち上がった。明日はリハーサル。本番に近い形で練習をする日だ。決して休めない。

何が何でも行くっ!

そう意気込んで、当日行くとあっさりと練習に参加することが出来た。久しぶりに見た練習場の光景は私の胸を踊らせた。

久しぶりにミュージカルが出来る。

ある先生には心配され、またある先生には白けた目を向けられた。でもそんなの関係ない!

高揚した気持ちでいたせいか、私は“それ”に気づくことが出来なかった。

夢中になって演技を続けていると、周りから上がる声。何事かと顔を上げると、









目の前に迫る黒い物。

人の悲鳴。

クスクス笑う、仲間。



あぁ、本当に、最悪だ。


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