029 使者
2014/05/28 15:18
夜、風呂を浴び、少しの読書を済ませて寝床に着いた。目を閉じてザワザワとやってくる眠気にゆっくりと身を任せる。
思考は既に絡め取られている。
何も考えることもない。ウトウトと今日の出来事を思い出していると、妙にはっきりとした声が真上から降ってきた。
『もうすぐ会えるよ』
誰に?何処で?
聞きたいことは山ほどあったが、声を返したところでその返答が返ってくるとは到底思えなかった。
まるで、それだけを伝える為だけに発せられている声。
それだけ凛とした意志を持つ声に聞こえたのだ。それは。
初めてこの声を聞いたのは丁度一週間前。毎回眠りに落ちる数秒前にその声は降ってきた。
おおよそ考える力は抜け切っている頃だ。ああ、会えるのか。と妙に納得してしまうこともある。ともすれば聞き覚えがあるような気もする。
あれは、誰だったかーーーーー。
緩い幸福とともに、三蔵は深い眠りへと落ちて行った。
ーーーー
「声が聞こえる」
「勉強のし過ぎじゃないですか。」
昼。大学のカフェテリアで偶然出会った知り合いに声をかけられた。
大学で一緒のゼミをとっている彼は八戒といった。思慮が深く、精神科医を志す彼に、自分のこれまでの『声』の事を打ち明けてみたのだ。
打ち明ける直前までは何かしらの解決策を授けてくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた三蔵だったが、返ってきた八戒の言葉に数秒前の自分を殴りつけてやりたかった。
知人というより悪友なのだ、この男は。
「聞いた俺が馬鹿だった」
席を立とうとした瞬間。
「ーーーー誰かと約束したんじゃないですか?」
八戒のやけにはっきりとした声が耳につく。
誰か?
「は?」
「だから、誰かと約束したんじゃないですか?"また会おう"と。」
「…そんな奴、居ない。」
数秒考えて答えた。自分は今まで、そんな約束を交わすような付き合いをした覚えはないのだ。
「そうですか?僕、今だから正直に言うんですが、三蔵、貴方誰かといつも一緒に居ましたよね?…とても可愛い誰かと。初めて貴方に会った時から違和感があるんです。何か足りないような…」
「…………知らねぇ」
鈍く頭が痛む。吐き捨てるように呟くと、八戒を残したまま三蔵は足早に去った。
その晩。
また眠りに落ちる前、その声は降ってきた。
ただ、その晩の言葉はいつもと違っていた。
『もうすぐ会えるよ。三蔵、俺のこと分かってくれるかな。』
切ないような、泣き出しそうな声だった。いつもの凛とした声でもなかった。
震える声色、これは知っている。
いつも笑っていた、いつも、いつも。この声は。
そしてこうやって自分を呼んでいた。この声は。
「分かるに決まってるだろう、バカ猿」
三蔵の口から無意識に零れた声に、誰かが笑った気がした。
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