■ 貴方の好きなひと。

そろそろ昼休みが終わる頃を見計らって、制服のスカートを揺らしいつもの場所へ小走りで向かう。

扉を開けると予想通りの人物。

土方十四郎。

担任、兼、俺の恋人。
そう、担任だけど恋人なのです。

「せーんせーい」

「……あぁ、坂田か」

「ね、5時間目授業有る?」

「授業は無いけどな……」

「やったぁ!」


先生が否定の言葉を言う前に腕に元気良く飛び付いた。


「じゃあ一緒にいれるねー」

「ダメだ。ちゃんと授業に出ろ」

「やだ。あと一ヶ月で卒業なんだし、いいじゃん」

「そういう問題じゃないだろ」

「大学推薦決まってること、先生知ってるくせにー」



またもや遮ってごろんとソファに横になると、諦めた先生はもう何も言わなくなった。


数学準備室といえば頭の痛くなるような教科書ばっかりで大嫌いだったけど、先生に会える場所だと思えばまるで苦じゃない。むしろなんだか秘密基地見たいで、子供みたいにわくわくしてしまう。




そのままうとうとと微睡むと、先生がそっと上着を掛けてくれた。

何だよ、恋人なんだからそこはキスとかしてよ。

不満を浮かべつつ、ソファに体を預けてそっと目を閉じた。







「………ああ、……だな。わかった。明日は………だから、…………そうか、」


話し声が聞こえてきて、ゆっくりと目を開ける。
いつのまにか寝ちゃってたのかな。

こっそり時計を盗み見ると、さっきから15分くらい経っていた。

どうせ先生は電話中だし、もう一眠りしちゃえ。



そのつもり、だったのに。




「―――じゃあまたな、ミツバ」







ミツバ。

ああ、電話の相手、その人か。

沖田くんのお姉さんで、先生の幼馴染だったっけ?
校内でプライベートな電話しちゃうなんて教師失格。

なんか、電話してた先生嬉しそうだったな。

俺が来た時には困った顔しかしないくせにね。


「……先生」

「っ坂田!ああ、もう起きたのか」

「うん、先生と話したいから」

「そうか」



口調で冷静を繕ってるみたいだけど、そんな焦り顔じゃまるで意味ないよ。

第一、そんなに焦るってことはやましいことでもあんの?

ねぇ、ちゃんと目合わせてよ。
上のを全部ぶちまけたいけど、携帯を名残惜しそうに見ている先生を見ていたらそんなこんなが全部引っ込んで、代わりに涙か出てきそうになってしまった。


沖田ミツバさん。

先生の幼馴染。



先生に一度写真を見せてもらったら、びっくりするくらい華奢で、色白で、美人さんだった。

ずっと小さい頃から一緒にいるっていうのも本当で、当時の写真はまるでお姫さまとその騎士みたいだ。


加えて性格は物静かで穏やか、すごく優しくて滅多に怒らないとのこと。





なんだこれ、嫌味か。


勝てる要素が無いどころか、同じ土俵にすら立ててない。

そんな俺の唯一の切り札は、俺が先生の恋人、ってことかな。


写真の中で微笑む彼女に少しだけ優越感を感じる。

どれだけお似合いでも、先生と付き合ってるのは俺だもんねー。

今週の日曜日だってデートしちゃうんだか…………あ、そういえば今週キャンセルになったんだ。

かわいいかわいい生徒兼恋人をほっぽり出すなんて、どんなけしからん用事だよ。

俺はもっと先生と一緒にいたいのに。




あっちの方が年上だけど……いやむしろ、大人だからこそリードしてほしい。

キスもまだ8回。4ヶ月目だよ?

担任と生徒?あと一ヶ月でそんな関係無くなりますが何か。






―――まず、好きって一回も言われてないし。





なんか俺だけ付き合ってるみたいな感覚だよ?
こんな虚しいならいっそ付き合わなきゃ良かった。



ていうか、なんで先生は生徒の俺の告白OKしたんだろう。



いやな考えに頭が支配されていく。

先生の恋人は俺。それだけ思ってベッドにダイブした。




ボフン、と無造作に投げ出された自分の腕を見て、なんだか、酷く掻き毟りたい気持ちに襲われた。



なにこれ、なにこれ、なにこれ。

頭痛い、吐き気がする、無性に何かを傷つけたい。

とにかく痛みを感じたい。




先生、たすけて。

抱きしめて。




もう何も考えられないように、ぎゅっとひたすら目をつぶっていた。



いつもはテンションの上がる日曜日。

だけど、今週ばかりはそうもいかない。



キャンセルされてしまった今日のデートのことを考えて、一人溜息をついたりしてみる。

家にいるままだと癪だから取り敢えず出かけて見たものの目的がないからただただブラブラとしていた。


あーもー、なんだかこんなときに限って周りのカップルが目に付く。あっ、そこ!公共の場でいちゃつくな!



せっかくだからアクセサリーとか見たかったのに、いざ入ると店内はごった返していてそれどころじゃなかった。しかも七割方がカップル。

なんなんだよカップル半額デーって。爆発しろ!




人の多さにうんざりしてたら、ちょうど少し離れた所にあるアクセサリーが目に入った。

シルバーの鎖に小さなピンクのハートが2つくっついているやつ。



んー、あれなんかどっかで見たことあるなー……あ、思い出した!





先生との数少ない、前回のデートの時、ここの店であのアクセサリーを見たんだ。

可愛いね、って言ったら、似合うんじゃないか?って返されたやつ。




あんまりそんなこと言ってくれない先生がそう言ってくれたから嬉しくて、すぐに買おうとしたけどお金が足りなかったんだ。

えーっと……よし、今なら足りる!



それに手を伸ばそうとすると、一瞬早くそのアクセサリーが取られた。



あー……。
もうやだ、今日はとことんついてない。



そのアクセサリーを取った人は、レジに向かう前に店内にいた連れの人の所にいった。

彼氏さんかな?



興味本位で、横目で見ていたら、




は?


え、え、えええ?






今度は横目じゃなくて、ちゃんと見つめる。

でも、それはやっぱり見間違いなんかじゃなくて、もちろん夢でも幻覚でもなくて。






先生?

土方先生?





しかも、アクセサリーをとっていった人、あの茶髪は、ミツバさん?



なにそれ。





似合いそう、って言ってくれてたアクセサリーを、ミツバさんにあてて、照れたように笑う先生。


そうして何かいった先生に対して顔を赤くしたミツバさんが小さく頷いて、

その後先生がアクセサリーを買ってあげてて、

店の前でそっとそれをミツバさんに付けてあげてて、

二人で小さく笑って仲良く歩いていって、




結局最後まで俺には気づかないままで。



覚えてるのはそこまでだ。

どうやって帰ってきたかなんて知らなくて、どうでもよくて。


気が付いたら、手首から血が流れていた。


右手に持っているカミソリに血がついていて、ようやく状況を理解する。


痛い。死ぬほど痛い。さっきのことなんか考えられないくらいに。


痛いのに心は馬鹿みたいに澄み切って、腕を傷つければ傷つけるほど笑いが込み上げた。




「銀ちゃん、今日も卒業式の練習サボるアルか」

「いやー、ちゃんと本番はでるからさぁ」



あと一週間で卒業式。

もう何回目かもわからない卒業式練習の欠席に、さすがの神楽も心配そうに寄ってきた。


なかなか気が乗らないとかそれらしいこと言って見るけど、実のところは全然違う。













先生の気持ちがはっきりわかったあの日。

俺はリストカットを続けていた。












最初はすぐ我に返って辞めた。
傷口が消えなくて半狂乱になった。



でも。



先生がミツバさんとまた電話しているのを聞いて、もうどうでも良くなった。



憧れたままでいればよかった、とか、ちゃんと話し合えば良かった、とか、そんな後悔までどっかいっちゃうくらいに。

まるで日常の一部のように、俺は自分を傷つける。


もう自殺しちゃおうか、そんな一線を超えるギリギリのところを、リストカットという行動が踏み越えさせようとしているんだ。








さて、荷物が纏まったところで立ち上がる。

今日、練習をサボったのは重大な用事があるからだ。



急ぎ足で学校を出て、目的の場所に向かう。
いるかな?もう着いてるといいんだけど。






あ、見つけた。







「はじめまして」

その人の前に立ってぺこりとお辞儀をする。



「――――え?あなた………」


すぐに困惑した顔をされてしまった。
ま、しょうがないよね。

呼び出したの、土方先生ってことになってるし。





「―――沖田ミツバさんですよね?」





写真で見るより綺麗な彼女は、そんな言葉にますます瞳を大きくさせた。



「あの、十四郎さんは………?」

「ごめんなさい。土方先生と待ち合わせしてるって聞いて、勝手に来ちゃいました」

「え、えぇ………」


口に手をあててずっと驚いた顔をしている。

先生はたしか遅れるかも、とも電話で言ってた。それに賭けて来たんだ。




「俺、坂田銀時です。土方先生の恋人です」





そういうと、ミツバさんは首元に手をあててますます驚いた顔をした。

贈り物のネックレスに手を当てて。




「十四郎、さん、が………?」


ぜい、とミツバさんが大きく息を吐いたかと思うと、その場に膝を着いてしまった。


これはさすがに予想外で、慌てて駆けつけて支える。



あ、そういえばミツバさん、ストレスに弱いって聞いてた。
それなのに、目の前にいきなり先生の話をしてしまうなんて。


あーあ、何してんだろう俺。


上下するミツバさんの肩を撫でながら、ふとそんなむなしい気持ちに襲われる。

この人はなんにも悪くないのにね。


でもどうしよう、ミツバさんの荒い呼吸は、それ以上酷くなることは無いけれどなかなか収まることもない。

通行人もざわついてきちゃった。



「……げほっ、ぅう……しろっ…さん………」

「ミ、ミツバさ………」


「―――――ミツバ!!」




通行人をかきわけて一目散に走ってくる先生。
俺を見るより早くミツバさんのもとへ走り寄って、俺の手から奪い取った。


「ミツバ!ミツバ、大丈夫か!?」

「……え…とう…しろ……さん………?」


俺がいくら撫でても効かなかったのに、先生が呼びかけるとゆっくりと呼吸が収まって行った。

野次馬もそれぞれ散っていく。


「…ミツバ………!?坂田!?」

「あーうん、ごめんね先生勝手にきちゃって。大丈夫、もう帰るから」

「なんで………」



ああ、絶対聞かれると思ったそれ。
うん。ちゃんと答えも用意してあるよ。





「先生の恋人に、会いたかったから」





その人を見たら、その人と先生を見たら、もうきっぱり諦めようって決めてた。



「何言ってんだ?俺の恋人は……」


咄嗟に先生が腕を掴んで、すぐにぎょっとした顔になった。

リストカット?そんな呟きが聞こえた。そうだよ、これはリストカット。





俺がぐずぐず断ち切れなかった、先生との仲だよ。





すこし緩んだ隙を見つけて腕から抜け出し、人ごみの中に飛び込んで、走った。

後ろから先生の声が聞こえたような気もする。
















一週間早かったけど、

やっと先生から卒業できた。




証書代わりの言葉は、なんにももらえなかったけど。



*******************


うああああ!! 有難う御座います!!
たるた様、本当にいい作品.........
歪んでますかね、私(^O^)。
本当に有難う御座います!!


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