火の聲 4




すぅ、と深呼吸をしてから、Nobutunaはベースキャンプを出た。

あれから宴会に近い状況になってしまったために、受注したクエストに向かう頃には、太陽は少しずつ落下し始めていた。
夕方というにはまだ早いかもしれないが、結果的に日中の日差しを避ける事になったので良しとしよう。

久しぶりに訪れた森丘は、だんだんと赤くなっていく太陽に合わせて朱色に染まっていった。
途中、爺さんに絡まれて時間を潰してしまったのは惜しかったなと思った。
こんな綺麗な景色なのだからゆっくりと散歩でもしていたかったが、本格的に傾いてきた太陽は、そろそろ帰りなさいと口煩い保護者そのものだ。

(帰るかぁ・・・)

キィィと奇声を上げながら何処かへと去っていく奇面属の子供に習って、帰路につこうとした時だった。

また、あの声が聞こえた気がした。
あの『赤』から発せられる、滲み出す怒気を隠そうともしない声が。

ひゅぅ
早く帰れと促す風に逆らって、声の聞こえる方へ、足を進めていった。



* * * * * *



森の奥にただならぬ気配を感じて、足音を忍ばせて進んだ先には、見てはならないモノが居た。
カサ、と葉の擦れる小さな音を零した5秒前の自分を呪いたい。

『赤』に気づかれてしまった。

そして気づいてしまった。
怒り狂う『赤』の正体は、火竜・リオレウス。

しかも
(デカイ・・・・・・)
ありえない、大きさだった。

見上げた姿は雄々しく、見下ろされているだけで押しつぶされるような気がする。
大小様々な傷を持った赤い体に、間違ってぶつかりでもしたら貫通してしまうのではと思うほどに鋭く長い翼爪。
ゆらゆらと揺れる尾は一つ一つの刺が鋼鉄の矛のようにギラギラと光り、薄暗い辺りから浮いていた。
Nobutunaの存在に気づき、こちらへ向けられた顔はゴツゴツとした赤色で、人間でいうなら強面という感じだ。

もっと近くで見たいという衝動に駆られて、隠れるのを止めて前へ進み出る。

「・・・お前、なのか。」

俺に話しかけていたのは。

零れた言葉に驚いたのは自分だけなのだろうか、火竜はこちらをじっと見つめたまま、動かない。
言葉を、理解してくれるような気がして、Nobutunaは次の質問を投げかけた。

「返して欲しいモノは、何だ?」
もう一歩、踏み出すと、頭上には赤い瞳が光っていた。
光って、涙を、零した。

「・・・・・・リオレウス。」

精一杯手を伸ばし、ゴツゴツした頬に、触れた。
「リオレウス。返して欲しいモノは、何だ?」
竜に人の言葉が通じるとは思っていないけれど、聞かずには居られない何かがNobutunaにあった。

チロ・・・

薄く開けられた口から、紅い炎が細い線の様に溢れ、声が聞こえた。

(小童・・・私の声が聞こえるのか?)
「・・・・・・ああ。」
ずっと前から、聞こえていたよ。

す、と低い位置に下げられた頭は思っていた通りの大きさだったけれど、その大きさは異常だった。
頬ではなく、頭に手を乗せると、また涙が溢れた。

「・・・何があったんだ。」
(・・・・・・)
火竜は、チラリと伺うようにNobutunaを見やると、チロチロと炎を零しながら話し始めた。

(7日前だった・・・)

私の妻が、人間共に囚われてしまった。
各地を巡り、遂に見つけたこの平穏な土地に、私たち夫婦は住むことにしたのだ。
空を飛ぶことよりも大地を駆ける事を得意とする妻は、長旅で疲れていた。
丁度、此処だ。
私が先に食事に出ている間、妻は此処で休んでいたのだ。
日が落ちて行くのが見えて、妻の分を急いで探した私は、すぐに戻ってきた。
だが其処には、黒と青の妙な格好をした人間共が居て、事もあろうに、奴らは妻を捕まえようと群がっていた。
炎が使えないことを知ってか知らずか、人間は私を見ても逃げなかった。
ならばと、私は足の爪を使って奴らを蹴散らそうとした。
しかしこの大きな体が仇となって、そう簡単に攻撃ができなかった。
威嚇と攻撃を繰り返していた時だった。
夕暮れの太陽で真っ赤に染まっていた空が、一瞬、真っ白になった。
強い光に焼かれるような痛みが目を襲った時には、私は無残に地に落ちていた。
もがいている間に、妻の声が聞こえなくなった。
私は怒りに身を任せて咆哮をあげ続けたが、人間共は去ってはくれなかった。
一人が私の顔目掛けて何かを投げたのを見た後は、何も覚えていない。
ただ、此処にはもう妻の姿は無かった。

「・・・・・・」

(夜になると、風に乗って妻の声が聞こえるのだ。)

「探しに・・・?」
(もちろん、行った。だが、人間の手の入っていない土地で、鬱蒼と生い茂る木に隠されているのか、何も見当たらない。)
Nobutunaは項垂れる火竜から手をどけた。

「・・・・・・俺たち人間・・・ハンターは、お前たちのような存在を殺して、生きているんだ。」
凄く後ろめたい気分に視線が自然と下へと落ちていった。

「一つ、言っておこう。お前の妻は、もう、この世には居ないかもしれない。
 それでも・・・」

(探す。何度でも、な。)

「・・・そうか。それなら」

リオレウス、お前が良ければ、手伝おう。
顔をあげ、赤い目を見つめながらそう言う。
涙はもう、乾いているようだった。

(乗れ、小僧。もうじき日が暮れる。)
その言葉と同時に広げられた両の翼は王者の証。

(妻を取り返すために、共に来てくれ。)
「・・・ああ。」
短い返事をし、Nobutunaはまた一歩、踏み出した。




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