火の聲 2 「・・・・・・」 額の上に、何か湿った、ひんやりとした物が置かれる感覚で目が覚めた。 頭痛の余波が未だ残る頭は、自分が思う以上にぼーっとしているらしく、薄く開いた両の目に映り込む見慣れた天井と、八つの影になかなか気づけなかった。 「Nobutuna・・・?」 ぼーっと見上げたままで固まっていると、何か・・・誰かの指が、頬をつついた。 二、三度瞬きを繰り返すと、じわじわとやってくる冷感の効き目もあってか、 感覚が少しずつ目覚めていく。 いくらかマシになった脳が視界にかかった霧を拭うと、指の正体が誰であるかを探る。 逆光のせいで影の色が濃い八つの顔のうち、右隣にいる奴に声をかける。 「・・・jack?」 異常に乾いた――まさか口を開けたまま寝ていたのだろうか・・・――喉を震わせ、ポツ、と小さな声を零せば、自分を取り囲む様に並んでいた影が、一斉に溜息をついてみせた。 「なぁ、俺、森丘に・・・お前らも、依頼が・・・」 とりあえず今が何時で何がどうしてこんな状況になったのか・・・と、聞きたいけれど、残念なことに寝起きの頭もよく喋るはずの舌も回らない。 「兎に角落ち着け、Nobutuna。」 そう言ってjackは額に乗せられたばかりのタオルを取り去ると、水を張った大きな容器に投げた。 濡れた部分が空気にさらされて気持ちがいい。 「Nobutuna、大丈夫そう?」 水を入れたコップを片手にBillyが顔をのぞき込む。 「Billy、それ・・・顔に掛けようとして用意したのか?」 「まさか。」 今の冗談が結構気に食わなかったらしく、むっと顔を顰められた。 起きられるか、と言われたので手をついて上半身を起こす時、所々に体の痛みを感じた。 どうやら、防具もそのままに集会場の長椅子に寝転がされていたらしい。 「何があったんだよ、Nobutuna。いきなりぶっ倒れるなんて、社長もSEVENもビビってたぞ。」 Billyはどうだったんだと聞きたいが、一先ずコップを受け取って水を飲み干した。 「で、何?俺は倒れたの?」 「えっ、Nobuちゃん覚えてないの?」 珍しく仮面を取ったFaltが呆れ顔をしていた。 「いや、覚えてない事は無いんだが・・・何か頭が痛くてな。ちょっと目ぇ瞑ったら・・・倒れて?で、今に至るんだが。」 「意味不明なんだけど。」 「そりゃこっちの台詞だよ。」 「オイラも意味不明なんだけど。もうちょっとちゃんと説明してよ。」 「ちょっと、AshもFaltも寝起きの人に質問したって無意味だよ〜?」 黙らないと麻痺らせるよ?という複音声が聞こえた。 顔を引き攣らせて、ハイと威勢良く返事をする二人が可笑しかった。 別にもう寝ぼけてはいないんだがな・・・ 「なんか全然問題無さそうじゃん」 「うわぁっ!」 ぬっと飛び出してきたSEVENに驚いて声を上げると、風でも引いたみたいに喉がヒリヒリした。 「まぁ、そんだけデカイ声が出れば十分だろ。」 「それにNobutunaの事だし、どうせ夜中まで武器の手入れでもしてたんだろ?」 要するに寝不足が原因だろ、と半笑いで話すRikuは(例え言ってることが当たっていても)ウザい。 「Rikuウザイ。でも、アタリだろうな・・・・・・ということで、」 真正面からjackに睨まれる日がこようとはな、と呑気なことを考えつつも、なんとなく怖いので目を背ける。 「暫く、狩猟禁止な。」 「・・・謹慎、ってことか?」 「そう。」 「・・・・・・養生しろって事だよな?」 「もちろん、酒も煙草も禁止ね。」 とにかく体を休めること。 jackから出されたクエストは、砂漠でマラソンする事よりも辛い内容だった。 * * * * * * 「・・・・・・」 本日三度目の起床。 今は何時なんだろう。 部屋に唯一の窓からは、丁度夕暮れ時なのだろうか、低くなった太陽が空を真っ赤に染めているのが見えた。 森丘で倒れて集会場に運ばれて、その後目覚めた時よりかは、気分がいい。 ただ、甘ったるい眠気が纏わり付くこの感覚は、多分・・・いや絶対にMr.が飲ませたお茶の所為だ。 ハチミツの匂いで誤魔化されてはいたけれど、あのお茶の主成分はネムリ草だった。 暖かいお茶に見せかけた、強力な睡眠薬。 飲んで1分後位から記憶がないのは、Mr.特製のソレの効き目の強さを雄弁に語っている気がした。 Nobutunaは、Billyが出してくれた水だけにすれば良かったとぼやくと、両足をベッドから下ろし、ふわふわする感覚と戦いながら立ち上がると、窓の外を見た。 すぐ隣りには数時間前まで着ていた防具が一式と、愛用の太刀が置かれていて、どれもほのかに赤色を帯びていた。 ふと、今着ているこの着流しに着替えたという記憶がないことに気がついた。 (昏睡状態だからって、そりゃ無いだろ・・・) ぐちゃぐちゃに結われた紐や帯が違和感抜群である。 (しかも二段って、アイツらこの格好見たことあるはずだけどなー・・・) 普通の位置と、かなり高い位置でぐちゃっと・・・固く結われたのを見ると、スマキにされる一歩手前だったのかと、ありがたみが激減した。 これからもう一度寝直すにも、このまま起きているとしても、自分で結び直したほうが居心地は良いはずだが、どうしてこうなったと言いたくなるような結び目の紐を見ていると、どうでも良くなってきた。 ついでに言うと、眠気も再来してきた。 ぼふっ 頭から突っ込むように倒れると、丁度良く眠気も増してきた。 (・・・寝よ。) Mr.あたりに見つかって、またあの強力な睡眠薬を飲まされたんじゃ堪らない。 そんなことを考えているうちに、本日三回目の眠りについた。 ( カエ、セ ) ・・・・・・・ ( カエセ、かえせ ) ・・・? ( 返せ ) 目を開けると、目の前に大きな、赤い、何かが居た。 ( 返せ。 ) 『どうした?何を、返して欲しいんだ?』 ( 返せ、返せ・・・ ) 『だから、何を』 ( 返せ!!! ) ゴォ・・・ 赤い何かから、新しい紅が生まれた。 『・・・お前は、誰だ。何を、取り返そうとしてるんだ?』 教えてくれ。 生まれた紅が、消えた。 ( 返せ、返せ・・・ ) 私の、愛しい、―――を。 * * * * * * 「・・・・・・」 今日で何日目だろう。 Nobutunaは夢の中で、あの『赤』に出会うようになった。 「うわ・・・」 額に手をやると、べったりと汗をかいていた。 今日で何日目だろう。 同じ問いを繰り返しても、答えはない。 悪夢、そう呼ばれる類の夢にしては内容のハッキリしないソレは、重大に扱うのはばかばかしい様な、けれど重大に扱わないと危険な、本物の悪夢に成り代わる気がしてならない。 今日で何日目だろう。 そしてこの問いを、一体何回繰り返しているのだろう。 いつかの、ぐちゃぐちゃな結び目をこしらえた帯では無いところを見ると、 何日か経ってしまったようだった。 何日も繰り返され、それでも、全てが一回に集約されてしまっているような感じがしてくる。 狂い始めた感覚に目眩がした。 「誰、なんだろうな。お前は。」 正夢には成らないのだろうかと期待すらしている自分に寒気がする。 けれども、『赤』の正体が知りたいのもまた、事実。 いい加減にこの夢に惑わされる日々はうんざりなのだ。 「・・・狩りにでも、行くか。」 そろそろ普段の生活に戻ってもいいだろうと判断すると、 放置されたままの防具を手にとった。 - - - - - - - - - - ← Back → |