この街は昔から荒れている。
 中でも一番治安が悪いとされているのは南部で。
 
 夜に出歩くのは自殺行為。
 人を襲う事に躊躇を覚えない輩が大手を振って道を行きかい、スピード超過のバイクがひっきりなしに通る。
 
 本来ならば紗衣はこの南部を一番にどうにかすべきだった。
 だがあまりの規模の大きさに、環と椿と三人ではどう足掻いても太刀打ちできそうもなく。
 手を拱(こまね)き、周囲から固めようと、須藤・桐原・大和等と協力関係を結んだ。
 
 いざとなれば三方から叩いてもらうために。
 
 もう少しすれば潰しにかかろうとは思っていた。
 そういう空気を南も察知していたのかもしれない。
 だから妹を攫って盾にしようとしたのだろう。
 
 けれどそれは逆効果でしかなかった。
 
 完全に頭に血が上った紗衣は、一見冷静を装ってはいるけれど、内心は嵐のように荒みきっている。
 
 容赦などしない。跡形もなく消し去ってやる。

「で? オレは何すりゃいいわけ?」

 急に呼び出された山野井は未だ要領を得ていない。
 
「外うろついてる奴等は和真くん達が有無も言わさず半殺しにしているので、ノイさんはわたしと一緒に南の溜まり場までお願いします」
「ああそれはまぁ、いいけど」

 頷きつつもどこか納得しきれていない様子の山野井。
 
「須藤じゃなくていいのかよ」

 須藤は普段からあまり表には出てこない。大抵の事は山野井が処理をする。
 でも今回は紗衣の妹が拉致されるという緊急事態で、彼女なら力を誇示するためにも相手を威圧するためにも、須藤を引っ張ってきそうなものなのに。
 
 だが紗衣は首を横に振った。
 
「わたしは最短で妹を無事に取り返したいんです。桐原さんと須藤さんを鉢合わせて戦争勃発なんて事になったら収拾つかなくなるじゃないですか」

 元々この情報は桐原からものもだ。
 ならば騒ぎ事が好きな桐原が来ないはずがない。
 そんな処へ須藤を連れて行けば、はっきり言って南や妹どころではなくなってしまう。
 
 なるほど、紗衣は怒れば怒るほど冷静になるタイプらしかった。
 
「それじゃ行きますよ。環と椿は目に入るヤツ全員潰してって」

 紗衣は無情にも言い捨てた。
 そしてやれと言われれば、この兄妹は何の躊躇いもなく薙ぎ払うだろう。
 和真と倖とはまた違うけれども、この二人も情け容赦など持ち合わせていないのだから。
 
「ほんと南って何で馬鹿しか集まんねぇんだろうな」

 奇しくも山野井は、自分のリーダーの天敵と同じような感想を漏らしたのだった。
 
 


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