打ち上げ花火



 キイ、と錆び付いた鉄の門扉を開けた。
 敷地を囲うコンクリートの壁は崩れ落ち、荒れた土地に根付く木から色づく葉は少ない。

 平らな石が敷き詰められた通路はうねりを帯びながらも真っ直ぐに建物に向かって伸びている。

 陽が傾き赤く染まる地面に浮かぶ影がゆらゆらと揺れた。
 掲げられたクロスを見上げれば、自然と足取りは重たくなる。

 入り口には教会という神聖な地に不似合いな、行き過ぎなほどの改造が施されたバイクが二台、無造作に置かれていた。


 誰のものかは言わずもがな。
 紗衣はそのまま扉に手を掛けた。

 張り詰めた空気が流れ出す。一歩中に入るまでに僅かながら間が空いた。
 それに気付いた先客が声に出さず笑う気配がする。

 教会の奥にある祭壇に、無礼にも胡坐をかいて腰掛けている人物はカチン、カチンとライターの蓋を開け閉めしながら、紗衣を小馬鹿にしたように笑っていた。

 ここで紗衣が目だけを横にやって、動こうとした影を制止した。

 環か椿か。どちらかが相手に向かって飛び掛ろうとしたからだ。

「もう、いいでしょう」

 掠れた声の振動が、室内を満たした。

「もう十分でしょう」

 言葉を重ねた。これ以上は必要ないだろう。
 紗衣は懇願するように相手を見上げた。

「シリアスモード疲れたよー! もうやめようってば、意味ないよこれ。何が楽しいのか分かんないしさぁ」

 先ほどの躊躇が嘘のように早足で奥に歩き出す。

「はぁ? 堪え性無さ過ぎだろ、俺ひとっ言も喋んなかったんだけど」
「めんどくさ……、じゃあ、はい一言どーぞ」


 手の平を上にして、相手の男に翳す。


「ん、あー……俺の名前は大和(やまと)。しくよろ」
「そこは分かってるよ! さすがにあんたの名前は分かっててここ来てるよ! つーかその手何、きもい」

 右手で前髪をさらりと流す気障ったらしい仕草が彼らしくなく、あまりに不自然で寒々しい。
 紗衣の胡乱な眼差しに大和は何故か気を良くしたらしくて、それはそれは楽しそうに破顔した。

「何なのマジで! 敵地に単身で乗り込んでくるヒーローっぽい感じで登場してってリクエストされたからそれっぽく来たけども!」
「あれがお前的にヒーローだったん!? 演技力ねぇのなー」
「うるさいうるさい! さっさと呼び出した張本人出せっつーの! 早く用件言わないなら帰……」

 紗衣の言に応えるためか、はたまた掻き消すためか。
 最後まで聞く前に彼は現れた。
 ホラー映画の如く来るぞ来るぞという前触れなど露程も見せず、唐突にその場に出現したかのように思われた。

 紗衣の後方に、彼同様に気配を消して控えていたはずの環が壁に叩きつけられた音によってようやっと気付かされた。




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