「じゃあ依澄もゆっくりしてってね」
「はーい、行ってらっしゃーい」

 平良はひらひら手を振る。
 幼馴染なだけあって大した打ち解けっぷりだ。
 
 ああそうか、高校に入る以前からの知り合いってことは、当然、平良も堂島が女だって知ってたんだな。
 偶に遊びに行ってたのは、そういう気安さもあったからか。
 
 あの学校で堂島が唯一、自分を偽らずに居られたところ。それはきっとこいつの性格故でもあるんだろうけど。
 平良がにこにこしながらこっちを見ていた。
 なんかコイツ苦手だ。紗衣さんの次くらいに。
 
「ボクの言った意味分かった?」
「……あーまぁ」
「そっか」
 
 箱の中のケーキを吟味している堂島には聞こえないくらいの声で。
 
 夏休みの最初、ここに来る時のこと。
 
『カナをあんまり一人で夜に出かけさせたりしないでね。カナは……あれ? これって言っていいのかな?』
『は? いや知らねぇし』
『うん、とりあえずね。カナすっごく怖いお兄さんに絡まれ易いんだ。気をつけてあげて』

 この辺りがあんまり治安良くないのはよく知ってるし、あの時はそういう意味にしか捉えてなかった。
 けどあれは、姉が紗衣さんだって事と、堂島が女だって事も踏まえてたんだろう。
 
 今ならよく分かる。
 
「つーか、堂島が女だって俺が知ってる事には驚かないんだな」
「え? 方波見くん知らなかったの?」
 
 きょとんとする平良。
 何で? と訴えてくるが、お前こそ何で俺が知ってると思ってたんだ。
 
「寮が同室だから、もうとっくに知ってるのかと思ってた。だから家に泊めるのかなって」
「ふはは! 同じ屋根の下に暮らす程度で正体がバレるようなヘマを私はしないのよ依澄!」
「わぁ、カナはすごいね」

 ぱちぱちと平良は拍手を送ってるけど、バレてるからな。
 偶発的なもんだったけど、結果的には女だってバレたからな。
 
「そっか。じゃあ二学期からはもっとカナは学校に居易くなるんだね」
「そうだよ、何せ私の尻拭いを全てバミーがやってくれるからね!」
「しねぇよ……」

 何で俺が損な役回りに徹しなきゃならないんだ。知るか。
 
「よし決めた。私チーズケーキー。あ、お皿用意してくるから座ってて」

 紗衣さんが言ってた通り、落ち着きなく堂島は台所の方へと消えていった。
 
「かたミンは」
「お前も最終的にその呼び方に落ち着くんかよ!」

 平良の言葉を遮ってツッコミを入れてしまった。
 何で誰も彼も、否定し続けてんのにそれで呼ぶんだ。嫌がらせか。
 
「かたミンはいいね。学校でも寮でもここでも、ずっとカナと一緒にいられて」
 
 かたミンで押し通すのかという返しが出来なかった。
 ふわふわした表情は変わらない。
 なのに、平良が言った内容は全然軽くないように思えた。
 
 ずっと一緒にいたいのか。
 幼馴染で、学校が同じで寮生活で家が近い。それ以上に。
 
「お前……」
「おまたー」

 ぱたぱたと堂島が返って来る。
 平良はもう話の続きをする気はないらしく、ケーキを選び始めていた。
 
 
 あの学校で堂島が唯一、自分を偽らずに居られたところ。
 それを奪った俺への嫉妬だろうか。
 
 ただの成り行きでこうなっただけで、平良がそんな風に感じる必要なんてない。
 
 そう言う事が何故か出来なかった。
 
 

end

'11.1.1~1.21
 


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