▼5 「稔くんアイス食べる?」 「あ、いただきます」 「バニラ? 抹茶?」 「バニラで」 昼食後、姉と稔のそんな会話をテレビを見ながら二重音声のように聞いていた。 私にはアイスくれない気なんだろうか。 にしても仲良くなったもんだ。 堂島家に来て数日、すっかり馴染んだ稔は姉からスパーカップのバニラを受け取っている。 あーうー。 良い事だよね! うん、和やかに食卓囲めるくらい打ち解けたのは喜ばしいんだけど、なんだろうこのモヤモヤした感じ。 疎外感すら感じてしまう。 アイスか。私そんなアイス食べたい気分だったんだろうか。スーパーカップ取られたのが気に食わないのかな。 食い意地張ってる自覚はあるしな。 ヴー、と振動する音がして稔がテーブルの上に置いていた携帯電話を取って部屋を出た。 立ち上がる瞬間に姉にペコリと頭を下げて行ったのにムッとする。 「何むくれてんの」 目の前にストロベリーのパナップが置かれる。姉は私の前の席に座った。 わーい大好きー! さすがお姉ちゃん、よく私の好物知ってるな。 単純にも気分が浮上して、いそいそと蓋を開ける。 「なぁんか稔にお姉ちゃん取られたみたいで複雑」 「稔くんに? 逆じゃないの?」 逆? 意味が分からなくて首を捻ると苦笑された。 「ねぇ香苗。学校楽しい?」 「楽しいよ。みんな良い奴等だし、面白い事もたまに起こって。学校自体かなり居心地いいし」 「ならいいんだけど。でもそれなら尚更、稔くんの事好きにならないようにね」 「……は?」 好き? ラブ? 何を言ってるんだろう。さっきから姉の言葉が理解出来ない。 日本語ではあるんだけどな。難解だ。 おかしいなぁ、国語は得意な方だと思ってたのに。 稔を好きになっちゃ駄目。 それは裏を返せば好きになる可能性があるって事で。 「なな、何言ってんの!?」 「え、そんな驚かれるなんて私もビックリだわ。むしろ有りがちだと思うよ、なんせ相手があれじゃあね」 あれね。 そう、稔は適度に天然タラシだ。私もたまにドキッとさせられる。 女なら致し方のない事だとは思っても、それが恋愛感情に発展するかもなんて考えたこと無かった。 稔は萌えの供給源! 友達! ていうのが刷り込みのように脳にこびり付いてて。 「稔くんが同室者だから一番可能性が高いだろうって話で、別に彼に限らず誰であっても好きにならないように。 脳が乙女モードに入ったら、人間なんて単純だから一瞬で顔つきが女になるわよ。そしたらあの学校にいられなくなるからね」 気に入っているなら尚の事、恋愛はご法度。 青春を謳歌すべき高校三年間にその禁止令はきついものがあるかもしれない。 他の子なら。 多少は虚しい気もするけど、その分愛でる対象が多いから大した問題じゃぁないわ。 腐女子をなめんな。 「その辺は大丈夫だよ。稔に抱く感情の大半は、早く誰かとCPになってほしいなっていう切実な願いだから」 「うんまぁ、アイス一つで晴れる程度のもんなら心配ないわね」 パナップが何か? 食べたかったのかしら、残念だけどもう空っぽだよ。 稔が置いていったスーパーカップから水滴が滴っているのが目に入って、中ドロドロになってそうだなぁとか思ってたら稔が戻ってきた。 「おかえりー、アイス溶けちゃったよ、違うのに取り替える?」 「あーいや、いい。それよりその……明日から一週間くらいだけ、中学の友達んとこ行く事になった、んだけど」 しどろもどろの稔に姉と私は顔を見合わせた。 何をそんな気まずそうにしているんだろう。 そりゃあ友達にだって会いたいに決まってる。それを駄目なんて言うほど心狭くない。 「行ってらっしゃい」 「うん、で、また……」 「こっち戻ってくる前日に一応連絡してね」 何時くらいに帰ってくるのかとか、駅まで迎えに行った方がいいだろうし、知っておきたい。 事務的な言葉だったんだけど、稔はぱっと表情を明るくして何度も頷いた。 ん? 何か私気の利いた台詞言いました? うーん、これが男女の脳の違いだろうか。稔の思考回路がさっぱり分からん。 そんな私達を見て姉がクスリと笑った。 end '10.8.9~9.6 前 | 次 戻 |