▼page.5 「え……どうして? なんでよ、ねぇ嘘でしょ!?」 私は稔の腕に縋りついて、泣き出しそうな声で詰め寄った。 涙目で見上げる私を、稔が心底困ったというような、何と言って私を離そうかと思案しているような目で見返してくる。 「いや、今日は沖汐の家に泊めてもらうから」 「冗談じゃないわ! どうしておっきーの家なのよ! 私というものがありながら……信じられない稔の浮気者!!」 ファミレスの帰り、当然稔はわつぃの家に泊まるのだろうと思っていたら、別れ道でおっきーと一緒に曲がって行ってしまおうとするから、「ちょ、ちょ、ちょい待ちぃや、お二人さん」と呼び止めた。 そしたら私に事前に何も言わずに行くわけにもいかないし、おっきーに泊めてくれとお願いしたらしい。 だから、なんでそこでおっきーに頼むの!? 結局稔がなんでこっちに出かけて来てたのかは知らないけど、ついでに私が試験終わるの待っててくれる予定でいたなら、私にひと声かけてくれたら良かったんじゃん! 当然私ん家に来てくれるんだろうと思ってたのに、さらっとおっきーと歩いて行こうとするから、ものっすごいショックだったわ今。 「稔は……稔は私とおっきー、どっち選ぶのよ!?」 まさかおっきーと同じ土俵に上がる日がやって来るとは思わなかったよ。同レベルかなんかやだ。 「沖汐とだったらそりゃ堂島だけど」 「おっきーに勝った所で嬉しさの欠片もない」 「おいお前等、おれをディスんのも大概にしろよ。なぁ高鳥」 「香苗、次会えるのっていつになるの?」 「たまにおれの事本当に見えてないんじゃないかってくらい、見事にスルーするなぁ高鳥は」 おっきーがしみじみと言う。 ウタは良い子だけど、基本的にノリ悪いからね。隣でバカやってたって、シレッとしてるからね。例えるならバラエティ番組に出てきて「僕はあくまで番宣で来ました」なスタイルを崩さないイケメン俳優ポジション。 スルー力の高さは、唯先輩と張れるくらいだよ。 「次は多分春休みかな。また連絡するよ」 ウタとは文化祭以降、文通みたいなメールのやり取りが続いている。 意外とウタが筆まめでビックリ。 と、お別れの挨拶を交わしている間も稔の腕を掴んで離さない。 「香苗、たまには男同士で語らせろよー。束縛の強い女は嫌がられるぜー?」 「おっきーと語り合うくらいなら、私と夜通し語るよね!?」 「寝かせろ」 冷たい! 流した涙すら凍るわ。 しかし稔の意志は固いみたいだし、これはそろそろ諦めた方が良いかな。 どうせ明日同じ寮に帰るんだから私の家に泊まればいいじゃんって思ったけど、男同士の友情に今回は軍配が上がったらしい。 これが他の人ならいざ知らず、おっきーだってのが腹立つよね。 渋々私が稔の腕から手を離した。 くそう、腹いせに稔で色々と妄想してやろうか。 「香苗一人で帰るの? じゃあオレが送る」 「え、マジ? ウタが一緒に帰ってくれるの!?」 こっからだと家の方向真逆なのに。なんて男前なのウタ。 ありがたいわー。別にまだ外明るいし一人でも全然危なくないんだけど、普段こんな風に女の子扱いされた事ないから、ちょっときゅんきゅんしちゃうね! 自分が女だって思い出しちゃうね! ウタが手を差し出して来たので、何の疑問も抱かず私も手を伸ばす。 依澄と同じ感覚だった。つまり幼稚園児が遠足の時に手を繋ぐのと同じ。 けど、稔に背を向けて歩き出そうとした瞬間、ぐいっと腕を引かれた。 力が強かったせいで思い切り後ろに仰け反ってしまった。 「か、かたミン……?」 「……あ、いや、これは」 自分でもこの行動の意味を測りかねている。そんな感じの表情のまま動かない稔は、言葉を濁しながらも私を掴んだまま離さない。 さ、さっき私も稔の腕がっちり掴んでたわけだけど、されると無性に恥ずかしい! 服の上からなのに、なんだかとってもそこに全神経が集中してるみたいで緊張する。 「何お前」 いつの間にか両手をコートのポケットに収納しちゃったウタが、不機嫌そのものな顔で稔を睨んでいる。 そしてウタはふんと鼻を鳴らした。 うーん、ウタは人見知りさんだからなぁ。未だに稔に対する警戒心が強い。一体いつになったら雪解けがやって来るのだろうか。 「ヘタレ」 稔に暴言を吐いて、ウタがくるりと身を翻す。あれ、一緒に帰ってくれるんじゃなかったの? キョトンとしていると、ウタはくいと顎で稔を指す。 稔が私と一緒に帰るなら行かないって事かな? 兎に角、もう逃げられてなるものかと稔のコートの袖を掴む。意識しちゃうと腕をガシッと掴む事に抵抗を覚えてしまったのです。 「おっきーになんか稔はやらないんだからね!」 いーっと歯を出しておっきーを威嚇する。 子供か! とツッコミを入れたおっきーは可笑しそうに笑っていた。 あっれー? 私の予想では地団太を踏んで悔しがるはずなんだけども。 何はともあれ。無事稔は私の家に泊まる事になりました。 良かった良かった、と胸を撫で下ろして、家までの短い距離を束の間穏やかな気持ちで、稔とてくてく歩いていた。 この日の試練第二弾がやって来る事など微塵も感じてはいなかった。 前 | 次 戻 |